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本ブログのアクセス統計: 60万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。2018/7/7 .. おお七夕 .. には63万0656アクセスになっていました。久しぶりに更新しました。
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2012年4月7日土曜日

終身雇用の生んだ甘え

先日、元同僚だった友人が、同期の女子(といっても40歳近いだろう)の飲み会にでて感想を話していた。

女の子の話)
まだ社員として残っている子たちは、結構 色々心配していたらしい。

「会社が何で儲けているのか、よくわからない」

とか、

「分社統合した別会社の方で、組織の整理統合が進むと、要らない人は親会社に戻される」とか。

ぼやいていたらしい。

甘い)
この話から聞くと、どうも会社に、いさせてもらっているという雰囲気である。

「会社が何で儲けているのか、よくわからない」
そんなもの、自分で調査しろといいたい。甘い。当事者意識がない。単なる事務屋だから、切られるとか異動といわれても反論できない。まず、自分の価値を高めるべきである。会社が潰れない、見放されないと思っているから、甘えがでてくる。


緊張感のない終身雇用は、みんな自分の売りがなにかを考えない。会社から見放されるとどこにもいけない。これは、会社にとっても、本人にとっても不幸だと思う。
かといって、米国のように簡単にクビを切られる社会も不安定でやっていられない。解雇がらみで元上司の殺人すら起きる。

会社では、年功序列といいつつ、実際には、「功」は関係なく、「年齢」+ 入社時資格序列のような雰囲気さえ感じる。

山一破綻で、他の会社に行きたくても山一でしか価値がなかった管理職だとか。
銀行が不況のときに会社で冷遇されて、ある小学校では、夜、家で親がコンピュータを投げるほど荒れた家があったとか。。そうまでして会社にくっついていないとならないほど、自分の価値を考えてないのかと思うと不幸である。会社にとっても、そういう人に居座られるのは不幸である。
かつて人事部の人が裁量制度がうまくいかないとぼやいていた。「社員は、だれも自分のキャリアを真剣に考えない」と。

ところが小さな会社は)
私が、ある実験用コンピュータを設計したときに、よく働く派遣の人で若い女性がいた。若いのに仕事が正確で、よく働く。「なぜなの」と、これまた仕事が良く出来るが、本社採用でも無く学歴も低いので冷遇されていたサポートの職人さんが聞いた。
彼女曰く。「小さな会社なので、私がしっかりしないとつぶれちゃう。甘えていられない。」と答えたとのこと。サポートの職人さんは感心していた。
でも、会社の景気が悪くなると、新規採用を減らし、次に、こういう派遣さんを真っ先に切る。その次は、職人さん。本社採用でないひと。本社採用のエリート達は、仕事ができようが、できまいが、最後までぬくぬくとしている。とことん不公平なシステムである。それでは、会社に対する帰属意識は生まれてこない。

終身雇用が生んだ甘えの構造)
冒頭の女の事務員たちの発言を見ると、正規従業員だから切られないと思い込んでいるようである。自分を磨かない。
「要らない人は、本社に戻される。」という、発言に、非常に甘さを感じる。
「要らない人にならないためには、どうしたらいいのか。」という議論であるべきである。
意地悪な見方をすれば、1980年代には、「女の子は勉強しなくても良いから、お金が稼げるひとの、お嫁さんに成れば良い。」と言われていた。1985年に雇用機会均等法 http://bit.ly/HvD6nF ができ、女子の採用差別が禁止されたが、依然として、一部の女性には、それ以前の甘えが文化として引き継がれているのかもしれない。
頑張ろうとしている女性も、男性から、そういう色眼鏡で見られてしまうになる。本当に残念なことである。

以前、1990年代に共同事業でSGI/MIPSに駐在したときには、パートタイムの受付嬢が、試験をうけてSGI正規社員になり、また試験をうけてSGIのマネージャになった。こういうチャンスを与えないのも、甘えをうむ原因だと思う。

なにかと他人任せの日本の文化だが、先の東関東大震災でも、政府が信用できない。というのがわかり、自己努力で国際化を目指す企業が増えてきたように思う。パニック防止なのか失敗隠蔽かは知らないが、情報を隠蔽しても、インターネットの時代には全て伝わってしまう。

他人任せにして、自分の失敗を人の性にする。「幼稚園児じゃあるまいし」と、感じませんか。

2012年4月6日金曜日: この議論はどこがおかしいのか?


も、終身雇用が生んだ甘えが、まじめに会社の行く末を考えないことの原因になっているのかもしれない。

2011年11月12日土曜日

平等・差別の日本社会。日本をやり直しのきく社会にするのは簡単ではないが、いずれやるべき

仕事をしやすくし、少子化で崩れる会社のピラミッド構造を立て直すには、管理職=偉い、技術者/事務官=底辺・偉くない、という図式を変えるしかないと思います。さらに、いつでもそれが選択できればいいのだと思います。

前者については以下で触れました。
2011年11月12日土曜日日本の大企業を駄目にしているのは
なので、ここでは、後者のやり直しがきく社会にするにはについて考えてみたいと思います。

競争のない社会は楽な社会)
日本のシステムが変わらないのは、やり直しがきくシステムに変えると、短期的にはやっぱり大多数の人が不利益を被るからだと思います。

日本では、大学の教員でも、社会人でも、たったいちどのチャンスを通過(Qualify)されてしまえば、一生苦労せずに終われます。生涯勉強をしなくてもいいんです。基本的に競争社会じゃないのだと思います。

逆に、常に能力のある人が追い上げてくるとなれば、一生勉強をしないとならないし、つねに失職の危険を伴います。

アメリカ人は脳天気なのに、鬱病が増えているらしく、これはやはり失職の不安がリンクしていると思います。殺人事件(銃犯罪)の多くも解雇絡みなのもこれを示しています。気楽で脳天気なアメリカ人でさえそうなのですから、アメリカ人に比べると几帳面で格段に神経質な日本人が失職の危険を毎日感じていると、気が狂う人が増えると思います。

大学の先生も日本では、最初からテニュエルトラック(終身保障)なのに、アメリカでは年間論文何本とかテニュエルをとるまでは、相当厳しいです。

これを崩すには、まず、政府がちゃんとして、国としての社会保障を立ち上げる必要があるでしょう。失職したときにどうするか。。

日本のシステムは、ある意味企業で社会保障しているので、うまく回っているときは安定していいのでしょう。和を重んじるというか。こうすることで、アメリカみたいに格差社会になって治安も平均の教育レベルも低下するのを防いできましたが、どうもこれも最近は、従来同様アメリカの悪いところを輸入しているように思います。東京エリアでは、公立校の学力低下で、金がある人だけが良い教育を受けられるように変わりつつあるように思います。

大学の入試改革について、以下に考察してみました。既得権者が、ムラを強烈に守るので実現は難しいでしょうが。。

2012年1月25日水曜日: 大学の秋入学 - もっと大胆に改革したらどうか


意識改革も必要)
能力差がある以上格差は存在する。身の丈で我慢する。とかそういう諦観も身につけないとならないでしょう。
アメリカは本質的に、多民族であるし、もともと激しい格差社会なので、そういう諦観がある程度ついているように思います。メキシコ系とかは、給料も安いけれど、教育に金をかけない。安いエリアに住む。それで済ましているように思います。一方で、中国人、インド人は、すこしでも、のし上がろうと、子供に膨大な教育費をかける。白人は、適当な教育に甘んじているので、大多数はあまり仕事ができない並以下の人になりますが、その中で頭角を現した人は、圧倒的にクリエイティブで強力な起業者・経営者・改革者・イノベータになるようです。もっともアメリカ人でも、こういう格差は問題だと思っているようで、ニューヨークの金融街であるウォール街で始まったデモが全米に波及しています。

年齢を採用条件には入れられないので、就職してから勉強をしなおすこともできるし、優秀なら返済不要の奨学金もあるし、パートタイムですら試験によって正規社員と差別なく昇格するチャンスは与えられ、やり直しが効くシステムにはなっていますが、格差によって、受けられる教育が違っていると、そもそも基準となる能力が変わってくるので、貧しい人は永久に貧しさから脱出できないです。

ウォール街のデモ) http://www.afpbb.com/article/economy/2832637/7871996

あくまで、どう生きるのも自己責任だし、バリエーションとして認識しているのだと思いますが、日本ではそうは行かない。不平等だという不満になる。勉強しないのは自分が悪いのに、お上に責任を押しつけたがる。

日本人の特徴として、他人をうらやましがってばかりいるのがあります。学歴にしても、就職している企業にしてもそうです。チャンスが一度しか無いのでやれないと思っているのかもしれませんが、本人たちも、うらやましがるだけで、努力をして、やりなおそうとはしません。そもそも、やり直せられるシステムにすらなっていません。なので、あきらめることで、心の安泰を引き出しているように思います。これは意識改革が必要でしょう。

また、日本人は横並びが好きで、違いをきわめて嫌う。企業が横並びで類似製品ばかりをだすのにも、それが現れています。これも、違いや、格差を認める意識改革が必要に思います。

島国を脱出して、外をみても良いかもしれません。業界の有名人エバーノート日本法人会長の外村(ほかむら)さんも、「変わりものを認めろ」と朝日新聞への寄稿で書かれています。
http://digital.asahi.com/articles/TKY201111040189.html

日本でも実際には格差が存在するのですが、それは、入試で失敗したとか。学歴とか、就職で失敗したとか、そういうところに、あきらめを持って行っているのではないのでしょうか。

まとめると、平等・差別の日本社会)
それらをまとめると、以下のようになるのではと思います。
  • 公平(Fair):         能力に応じて扱いが等しいこと
  • 平等(Equality) : 能力に関係なく扱いが同じこと
  • 格差(Gap):   能力に伴い得られる報酬が違うこと
  • 差別(Discrimination): 能力に関係ないところで、扱いに差ができること
日本は、格差を嫌い平等な社会を目指すように思います。ところが完全には平等に扱えない。その結果、能力に関係ないところで扱いを変える差別(コネ、年齢、性別、人種、卒業大学、入社時の条件、正規従業員かパートタイムか)により、不公平感を消してあきらめているように思います。

別な言い方をすると、そもそも平等に扱うことは困難であり、階級を作ってその中での平等にとどまる。「士農工商」とか、「ムラ」とかいうもの。ムラの中では能力にかかわらず平等を守ろうとするが、ムラの外を排斥しないと、これは守れない、すると差別が生まれる。ということかと思います。男性社会による女性差別もこの一環だと思います。

つまり、欧米では、格差・公平 という組み合わせが正しいのに、日本では、平等・差別 という組み合わせに近いように思います。これは、たぶん欧米人には絶対理解できない価値観だと思います。

平等・差別はすでに破綻しつつある)
中国は言論は共産主義だが経済は資本主義、日本は思想は自由主義だが経済は共産主義と聞くことがあります。共産主義は、経済格差を否定し平等を目指しました。その結果、労働者のやる気を失い、サボタージュ(ズル、怠け、さらには賄賂) が増え、経済が沈滞し、一方で支配階級が富をむさぼりました。日本は、経済活動において共産主義の平等を相変わらず追求しているのかもしれません。その結果、労働の非効率は改善されず、チャンスが不公平な差別社会を生んでいるように思います。共産主義のように、サボタージュに陥らないのは、日本人持ち前の勤勉さのなせるところなのでしょう。が、最近は、以下に書いたようにサボタージュする人も増えているように思います。これは、ある意味、共産主義が証明した必然的な方向性だと思います。
2011年11月12日土曜日: 日本の大企業を駄目にしているのは
ということで、日本をやり直しのきく社会にするのは、結構大変ですが、いずれやらなければならないように思えています。

目的不明な経費削減の嵐が吹き荒れる)
業績の悪い大企業では、赤字になると利益が上がらない原因を解析することはなく、目先の経費削減をします。
社員はクビにできないので、給料やボーナスを実績にかかわらず一律カットします。仕事ができようが無かろうが、習得した技術が重要であろうがなかろうが、優秀であろうがなかろうが、テンプスタッフ等の派遣さんを切ったり、外注を切ったりします。部門をつぶせば、本人の資質を配慮しない上から目線での配置転換します(これは、本人には本当に不幸です)。
経費削減の声のもとで、出張を禁止したり、図書費を削ったりします。
将来に対する重要な投資であろうがなかろうが、経費削減を優先するのです。これは長期的には会社の利益を損ねることにつながります。業績の悪い会社の幹部は、もはやそれが、悪いとは気づかないので、株主が株主総会等で追求するしかありません。