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本ブログのアクセス統計: 60万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。2018/7/7 .. おお七夕 .. には63万0656アクセスになっていました。久しぶりに更新しました。
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2012年4月8日日曜日

日本は批判嫌いだが、これでは進歩しない

日本人は批判が嫌い)
 日本人と米国人を比べると、日本人はネガティブコメントが嫌いなようである。

昨年、たしかStanford大の研究発表でweb関係調査発表があった。
日本と米国を比べると、amazon.comとかの論評でも米国はかなりネガティブな方向に傾き、そちらの受けがよい。米国のほうが一般に評価が長いものが高評価である。
(日本人は最近長文が書けないばかりか、読めなくなったということを反映しているのかもしれない。)

偏った例であるが、同じ電池のEneloop 単4。
日本は、http://amzn.to/HXGE8u 一方米国は、http://amzn.to/HXGQo8 。
Amazonの場合、評価が高いreviewが先頭に来るので、どういうレビューに人気があるのか分かる。ネガティブな論調のモノが米国では上位に来ている。
それ以前に、米国はレビューがどれもバカ長い上に、かなり定量的・科学的なように思う。

もうちょっと評判の悪いモノで比べると。Appleの45W電源アダプタ(Mac book Air用の45W)。まがい物が沢山でている。
米国のものはだいぶ値段が高いので純正かもしれないが。
米国 http://amzn.to/HXKmir と米国のほうが低評価が多く、低評価のものが上位を占めている。

学会発表での結果同様、やはり、米国はネガティブコメントに評価が高いように思う。

批判は悪か?)
  日本で問題点を指摘して、「こう改善しましょう」と言うと、「文句や言い訳言ってないで数字だせ!」という人がいる。建設的進言でも、自分のことを言われたら、「文句が多い!」となる。

批判はやめろといったら、反省もできなくなる。そりゃ、全部自己反省できるならそれに超したことはないが、所詮、自分から見た世の中はバイアスしている。
問題を検討した当事者たちの視点もバイアスしている。なので第3者から意見してもらうのには、かなわないと思う。批判をするなというのは、反省をしない。やりっ放しにつながりうる危険な発想に思う。
非建設的な意見を言われたら反論すればよいわけで、
「批判は沢山だ」というのは、答えに困るようなことを言われたとき「納得しました」と言っているようなモノかもしれない。そういう切り返しかたをしたら、進歩はしない。

沈黙は美)

2011年12月12日月曜日: 沈黙と発言: 日本と米国を比べると

に書いたように、日本は沈黙は美というのがある。ところが米国は、言うことが美。知っていて黙っているのが一番悪い。


相手の人格に触れる)
議論するときにはテーマだけを議論すれば良い。なのにすぐに、「あなたはいつもxxxだ」「あなたの言い方はyyyだ」となる。
それに、性格について云々されるのは、だれでも気分が良くない。ましてや、親でも家族でもない他人に性格のことを言われたら気分を害する。誰でも自分を守ろうと防戦に入る。相手の人格について議論したいのなら別だが、多くの場合には、それは余計なお世話という分類に入る。
あくまでテーマに対してのみ意見するべきである。


上から目線)
 「おまえに教えてあげるんだぞ。」という論調があると上から目線というらしいが、米国にも、偉そうなという概念はある。http://okwave.jp/qa/q5744647.html が、日本人の嫌う上から目線とはちょっと違うかも知れない。
 米国人のほうが権威志向は低いのだろうか、議論をするときに、米国人は「おまえはなにも知らないくせに」という雰囲気を出す人は少ない様に思う。それ以前に、双方が先に「どこが聞きたいのか」「これから何を議論するのか」と論点を先に明確にするように思う。それに対して見解を言うなら上から目線にはなりにくいと思う。

ウンチク)
そうかと思うと、日本には、「ウンチク」という概念があって、宴会とかで聞きたくもない情報をひけらかす人もいる。「ウンチク」と上から目線とどう違うのか、よく分からない。同じ意見でも、引いた感じで言えば、「ウンチク」となり許されるのであろうか。
http://bit.ly/HqBFZX にウンチクの一覧がある。どうでも良い知識なら「ウンチク」なのだろうか。「トリビア」ともいうかもしれない。
米国人がウンチクをいうのか、よく分からない。日本よりもオタクは少ないと思うが。

他人任せで責任転嫁をする日本)
 一方で日本人は自己責任というよりもお代官様任せ。困ったことがあると、「だれか大人物はいないか」となったり、不都合がおきると誰かの責任にしようとする。一方、米国やカナダは結構観光地でも断崖絶壁の危険箇所に柵がなくて、注意してくださいとしか書いてなかったり自己責任の部分が多い。

上手に謝れない日本人)
 米国人は議論はするし、文句は言うけれど、誤るときにはスパッと誤る。が、日本人は結構、言い訳が多い。言い訳をしたりウソをつくと、どんどん苦しくなっていく。
大体、過ぎてしまったことをいつまでも責める人は少ない。しらじらしい嘘をつくから怒りを招き、許してもらえなくなるのである。悪いと思ったらスパット謝るのが一番である。
国会議員のやる謝罪会見は、いつも反面教師である。なぜ、日本では、人間的にどうしようもない人間ばかりが議員になるのだろうか。
まとめると)
日本のバランス感覚は米国と違う。

米国では
  1. 批判は善
  2. 意見することが善
  3. 自己責任で責任転嫁はしない
  4. 悪いことはスパット誤る
日本では
  1. 批判は悪
  2. 沈黙は美
  3. お代官様まかせで責任転嫁
  4. 誤るときに言い訳をする
日本の組み合わせでは、あまり進歩が見込めないように思うが、どうであろう。

2011年12月12日月曜日

沈黙と発言: 日本と米国を比べると

知識と発言の価値)
日本と米国の違いということで、1995年頃に博士論文を書いた知人がいた。そこで調査した結果が興味深い。日本人と米国人にアンケートをとった。

知っている、発言する、についてどう評価するかである。評価の高い順から。

          日本人                                    米国人
1       知っていて発言する                知っていて発言する
2       知っていて発言しない            知ってなくて発言する
3       知っていなくて発言しない    知っていなくて発言しない          
4       知っていなくて発言する        知っていて発言しない

つまり日本は知っていることが、一番の美徳であるのに対し、米国では発言することが美徳である。

その結果、日本で2番目に美徳である、「知っていて発言しない」つまり「沈黙は美」は、米国では、「知っていても発言しないひどいヤツ」ということで、最低の評価となる。

会社の会議でも、米国では、会議中に黙っていて後から直接コメントをしにいくと、「議論するための会議なのに、なんで今頃、のこのこ来るのか」と、怒られることになる。

これもあって、会議をしている時には、口角泡を飛ばすだが、終わればそれはそれ、別になにも残らない。そもそも議論というのは、相手を責めるのでは なく、課題を見つけ解決をさぐるためにやるのである。

ところが、日本では、議論すると人間関係が悪くなったり、やれ「卑怯だ」、「勝った負けた」ということになる。議論の意味を完全にはき違えており、喧嘩だと思っているようである。

この勘違いは、国会での議論(というか、あれはあまりに低レベル)でも感じられる。以下に書いた。

2011年11月15日火曜日: 時代遅れのプレゼンテクニックの日本の政治家たち


そういう勘違いがあるので、議論はしない。黙っていようということになる。それでは、問題解決はできない。

他人を批判しない)
沈黙は美という美徳の裏には、どうも、発言=議論=批判という混同も有るように思う。
どうも日本人は、他人任せである。なので、失敗とかを他人の性にする。会社の幹部は、社員がダメだといい、社員は幹部の経営がだめだという。ようにである。
そういう思いでいる人たちが口を開くと、それはもめる。だから、「沈黙は美」という言葉が出てくるのかも知れない。
批判はしないで、建設的な発言をするようにしたい。

いいわけや釈明)
昔は、「いいわけをするな」と言われた。米国人は言い訳をするかと思いきや、割と素直。自分が悪いと思ったら、しっかりと謝るし、間違いは認める。

もちろん非を認めなれば絶対に謝らない。ビジネスにおいて、米国の接客業などが、完全な失敗を謝らないのは、腹立たしいことが多い。

私も良く注意されるのだが、悪いと思い謝っている途中で、釈明やら理由を入れたら謝っていることにならない。「ごめんなさい。でも、xxxがyyyだったし、zzzのこともあるでしょう。aaa君だってやっているし。」なんて後ろにつけたら、謝られた方の怒りがおさまらない。それなら、謝っていないのと同じことになってしまう。

謝るつもりなら、「もうしわけない。次からはやりませんから。」で通すべきである。


上から目線はよくない)
政治家にしても、経営者にしても日本人は上から目線が多い。忙しいからなのか、自分とツーカで話が伝わる人ばかりを回りに固める。
しかし、Facebookなどで、全然分野や知識が違う人の意見を聞いていると、ときどき、はっとするほど面白い発想に出会うことがある。これがクリエイティビティにつながるのだと思う。

子供のように純粋な気持ちで、遊びをクリエイトする。そういうゆとりがない人に、この激動の時代の企業経営は勤まらないように思う。

VMWareの創始者であるStanford大のMendel Rosenblum教授と話をしていても、全く普通の人である。技術に真摯で、奢ったところが全然ない。それでいて、言っていることは、画期的で、納得できる。ものすごいハッカーだからかもしれなし、企業を創業して苦労されたからかもしれないが、大人物だと思う。

政治家と逆のことをやれば良いのか??)

これらを考えると、日本の政治家は悪い見本をやっているように思う。政治家のように行動しなければ、正しい行動になるというのは、なんとも、ひどい状態である。

老害、エセエリート)
日本に限らず老害という話は多い。また、単に高学歴なだけのエセエリートも多い。「お代官様」の感覚なのか、そういう型に全部お任せすると、しっぺ返しは自分にやってくると思う。以下などに書いた。おいおいリンクは追加していきたい。


2011年11月24日木曜日: 老害、エセエリートの害