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本ブログのアクセス統計: 50万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

50万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。

2012年8月27日月曜日

日韓領土問題について

 韓国の李明博大統領が竹島に上陸したり、韓国の領土問題に関する挑発が続いている。尖閣についても領土紛争が激化している。
これらの領土は、北方領土と同じく、その近辺に眠る石油などの資源が 絡んでいるので、話しは簡単ではない。

 ただし、領土問題はいつももめるものだし、国際間の駆け引きの道具として利用されるものであろう。

日韓領土問題の歴史)
 日本も昔からそれなりに領有権を主張してきたように思う。。1953年の時点で、自衛隊が発足していて、日本が強気だったら韓国と局部戦状態になる可能性もあったかもしれない。
 1954年の自衛隊の強化は、実は、対共産圏だけではなくて、まさにお隣韓国への牽制もあったのかもしれない。

 日本には在日朝鮮人もいるので、こういう政治問題が飛び火して、治安の悪化にならないように、冷静な対応に期待する。


 韓国の竹島(不法)占拠前後の事情)
1905.1.28      日本政府が竹島の自国編入を閣議で(一方的に)決定.
1905.11.17 (日露戦争終結後) 第二次日韓協約で韓国が日本の事実上の保護国となる.
1951.9.8  サンフランシスコ条約署名.同11.8 国会承認. 1952.4.28 発行.
1952.1.8      李承晩ライン宣言(竹島の領有を一方的に宣言) 

    ― 1952.1.18 日本政府が抗議
  (1965.6.22 日韓基本条約で李承晩ラインは廃止が合意されたが,

   竹島は紛争処理事項として棚上げされた.)
1953.1.12    韓国政府が「李承晩ライン」内に出漁した日本漁船を徹底拿捕して以後、

    日本漁船の拿捕や銃撃事件が相次ぎ、日本の漁業従事者に死傷者が多数出る。
1953.4.20     韓国の独島義勇守備隊が竹島に初めて駐屯。
1953.6.27    日本の海上保安庁と島根県が竹島調査を行い、「日本島根県隠岐郡五箇村」

     の領土標識を建て、竹島に住み着いていた韓国の漁民6名を退去させた。
     その後,日本の巡視船は引き揚げたので,独島義勇守備隊は再び島に戻った.
1953.7.12     竹島に上陸していた韓国の独島守備隊が日本の海上保安庁巡視船「へくら」

     に90mの距離から機関銃弾200発を撃ち込む事件が起きる。以後,韓国が占拠.
1953.7.27     朝鮮戦争休戦.(勃発は1950.6.25)
1954.4.21    竹島に接近した海上警備隊の巡視船3隻、独島義勇守備隊から攻撃を受け、

     損傷被害を受ける.
1954.7.1     自衛隊発足.その前までは警察予備隊と海上警備隊.
1954.9.25    韓国に対し竹島領有について国際司法裁判所への付託を提案したが,

     韓国は拒否.

韓国の不法占拠が発生した1953-54年は,まだ朝鮮戦争休戦前後,自衛隊発足前で,日本の戦後の体制が整っていなかった国内事情もありそう。時期が悪かったように思う。
この後、1969年に安保闘争 ( http://bit.ly/SEvV6U ) とかやったのは、共産勢力の裏のてこ入れがあったとも思える。

今の竹島問題について)

日本は、領土問題を踏まえて、上陸用水陸両用車を配備することにした。
日経新聞: http://s.nikkei.com/Tet7cI 

攻撃が最大の防御だし、戦法としても、湾岸戦争をみても空中戦から的の拠点を叩く攻撃形態に変わってきている。

冷戦時代は1) 高く速く、そして、2) 空中戦向けの運動性能重視、今は、3) 対地攻撃のためのステルス性と変わっている。自衛隊のF15はまだ、2の世代のまま。
これは、自衛隊は侵略につかえないようにとF15の対地攻撃能力を落としてきた。


ここに来て領土問題等できな臭くなってきたので、攻撃装備を強化していくかも知れない。ただし、一番の問題は、指揮できない指揮系統(最高指揮官である首相と補佐する防衛大臣の軍事作戦に対する知識)だと思う。

いずれにしろ、隣国にとっては、弱腰だった日本が軍備強化してくるのは得策ではない。

なぜ、事を荒立てるのか)
 完全に憶測ではあるが、、

大統領支持率の維持)
wiki: http://bit.ly/NKH4hi によると、

李明博大統領は大阪生まれ、彼は大統領就任式で、経済の回復を始めとして韓米関係の強化や北朝鮮との交渉を誓った。彼は特に「グローバル外交」を目指すと共に隣国である日本、中国、ロシアとの更なる協調を追求すると断言した。さらには、韓米関係を強化した上で北朝鮮に関してより厳しい政策を実行する、いわゆるMBドクトリンの促進を誓った。
とある。
ところが、4月に米国産牛肉の全面的な輸入再開方針を決定したことで国民の猛反発を受け支持率も2割前後に急落、連日に渡って大規模なデモ隊の抗議運動を受けるなどして出鼻をくじかれることになった。
みたいなこともあり、支持率低下には敏感なのだと思う。支持率を稼ぐための一時しのぎで、国民の目を領土問題に向けているとも考えられる。結果的に、韓国にとっては損なはずである。

韓国にとってのデメリット)
たとえば、昨今締結した日韓通貨スワップ。韓国で強いのは電子産業と自動車である。韓国の国内市場も小さく、他に輸出する産業もない結果、ウォン安が進みすぎた。

そこで、一方的に日本ばかりが資金供与することになる日韓通貨スワップ協定 http://bit.ly/NjwJfh を結んだ。サムソンとかヒュンダイが強いとはいえ、韓国は、結局、いまだに、経済的に、日本の支援を受けている。関係悪化は、韓国の望むところではないはずである。

実際、http://www.nikkei.com/article/DGXNASFL240A6_U2A820C1000000/ のように、政府筋からは、通貨スワップ協定延長は白紙だという声も出ている。

仮想敵の必要性)
ただし、北朝鮮が弱体化しそうであり、仮想敵がなくなりつつある。韓国は20歳前後の男性全員に2年間の徴兵制が有る国である。
http://bit.ly/SEGKpK 当然、関連した軍事既得件もある。仮想敵がいなければ、これらの既存勢力が困ってしまう。

 米中対立化のなかで)
同時に、中国か米国のどこに近付くか考えているのかもしれない。その中での領土問題を取り上げ、力関係を探っているのかもしれない。


 また、竹島問題については「日本も韓国も米国の意向を無視して軍事的衝突は起こせない」という内田樹氏の見解もある。http://blogos.com/article/45340/

 日本も、そろそろ。。) 日本も平和ボケで活力が弱まっている。戦後の高度成長の底力が消えている。米国など、ベトナム、中東、イラクと第二次大戦後戦争をしまくっている。そろそろ、日本も国際紛争についてまじめに考えて、平和ボケから抜け出す時期だと思う。これが、経済的な強さにもつながるのではと思う。

こんな記事もある)  
 http://amba.to/OuC1ma は、日本人なら一読しておく必要がある。
韓国人が書いた、韓国政府による歴史湾曲の指摘である。 検証する必要はあろう。
どうも日本は、韓国に対して相当な支援をしていたようでもある。そのうち裏をとりたい。
日本軍が極悪非道だったと、他国がいうから鵜呑みにして、謝罪するようでは、ご先祖様に申し訳が立たない。


尖閣問題)
一方、尖閣については、以下の様な歴史があるらしい。

wiki: http://bit.ly/MpE6NC によると、
地質は火山性であり、岩盤がむき出しになっており、河川や湖沼といった水源がないため、農業が出来ないことから定住することはなかったが、第二次世界大戦前 の一時期、日本人が定住し開拓者にちなんだ通称「古賀村」集落が形成され200人あまりが生活していたが、その後経済的理由により放棄された。また大戦末 期に石垣島から台湾へ民間人を疎開させる途中に遭難した民間船が漂着し、救助されるまでに50人以上が飢餓などで犠牲になる尖閣諸島戦時遭難事件が発生している。
さらに、以下のようにある。これによれば、明治時代に領土問題は解決し、日本の領土となっていたが、付近に石油資源が見つかってから、中国、台湾が領有を主張しはじめたということになる。

領有権に関する主張


民間機から見た尖閣諸島(左から魚釣島、北小島、南小島)
日本政府の公式見解は「この領域に領有権問題は存在しない」というものであるが、中国政府や台湾政府は「領有権問題が存在する」と主張している。日本の行政区分では沖縄県石垣市に属するが、台湾は宜蘭県に属すと主張している。2005年の沖縄近海における台湾漁船の抗議行動尖閣諸島中国漁船衝突事件のように領有権を主張する台湾・中国側との間で不法操業や不法越境・上陸をともなう国際問題がしばしば発生している。

領有をめぐる経緯

現地調査の結果、いずれの国の支配下にもないと確認した日本政府は、1895年(明治28年)に尖閣諸島を日本の領土に編入することを閣議決定。同年、尖閣諸島は実業家古賀辰四郎に期限付きで無償貸与される。1880年代後半から1940年(昭和15年)にかけ、尖閣諸島には日本の琉球諸島の住民が建設した船着場や古賀が開設した鰹節工場などがあった。
中国と台湾が領有権を主張し始めたのは、1968年(昭和43年)に尖閣諸島付近海底調査で石油天然ガスなどの大量地下資源埋蔵の可能性が確認されて以降である。
1978年(昭和53年)に政治団体日本青年社が魚釣島に私設灯台を建設し、保守管理してきた。日本国政府からの「灯台を正式に海図に記載し、今後は国が灯台の管理をしていきたい」との申し出により、2005年(平成17年)2月に灯台は国に譲渡され、海上保安庁によって魚釣島灯台として管理されている。その他、北小島にも灯台がある。
大前研一氏 2010.10.6の記事より尖閣問題について: 
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20101006/247616/?ST=business&P=1&rt=nocnt
問題の発端は1895年の下関条約にある。日清戦争に勝利した日本が、この条約によって中国から台湾を割譲し、尖閣諸島を沖縄県に編入したのである。日 本は台湾県をつくったが、そこに尖閣諸島を組み入れることはしないで、沖縄県に含めていた。つまりそれ以前の尖閣諸島は台湾領だったわけで、これは非常に 重要なポイントである。台湾領であったという事実が中国が領有権を主張する根拠になっているからだ。
日本は領土問題にうとい)
 ヨーロッパ、中国、印度、アラブは、 昔から領土争いの歴史で有り、豊富な経験がある。一方、日本は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康らが日本を統一した1600年以降大した領土問題が起きていない。(日清、日露、太平洋戦争も領土争奪がらみではあったが。。)

以下が、1519-2006年のヨーロッパの領土の変遷である。



もうすこし昔からのものは、こちら。



韓国の奪い合い)
  日本は謝り方と外交がヘタだった日清戦争は中国と日本での韓国の奪い合い、日露戦争は日本とロシアでの韓国の奪い合い。当時はそれが普通で、たまたま勝った日本が韓国を占領下においた。それで、日本だけ悪者。変じゃないのか。。

 米国は、太平洋戦争後、朝鮮戦争、ベトナム、中東(イスラエル、イラク)などに介入し続けて、ベトナム戦争で負けているが、なんで日本だけ、まだ敗戦国??

 世界各国は現代史を教えているのに、日本は、日教組のおかげなのか、現代史をやらない。意味不明なことをいうマスコミに扇動される。それじゃ、海外に対して強い態度は取れない。

 そういうところで「国益を守れ」と正論を言おうとすると、日本では右翼扱いなのだろうか。。

 日中戦争っていわれるが、中国は第二次大戦後、ベトナムを支援したり、また、チベットだって、占領下においている。http://bit.ly/PU7GAo にあるように、中国は、いまだに南進政策をとり、侵略を続けている。尖閣だって日本の領土を侵略しようとしている。

 そもそも第二次大戦は、満州近辺での小競り合いで劣勢になった蒋介石が国際世論を味方につけたところから始まった模様。
 軍の暴走もあったようだが http://bit.ly/NsA9Kv 戦争というのは、負けると一方的に悪者にされるので、ある程度したら名誉回復をしていかないとならない。が、全く成功していない。
 第二次大戦とその後の保障問題はサンフランシスコ講和条約で終わったと、なぜ強くいえないのか。日本人が、それに対して反対意見を唱えるなんて。。フランスだったら、国賊扱いになるかも。。

 たとえば中華思想:  http://bit.ly/PUa4qR 中国が世界の中心。中国が他国よりも一番偉い。これを国の名前にしているというとんでもない国ですからね。そりゃ、へなちょこな、日本の外交のままでは、やられっぱなし。。
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