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本ブログのアクセス統計: 50万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

50万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。

2012年2月2日木曜日

リーダの条件

Google e-bloggerが障害を起こして記事が消えたようなので、検索のcacheから拾ってきて、復活させた。若干内容が減ったが、逆に加筆した部分もある。

内容が散漫になってきた。特にビジネスのあり方についての部分は、独立性が高いので、そのうち整理して分割したい。

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リーダシップとは)

1) 聞くこと(意見集約)
2) 決断すること
3) 説明すること
4) 発想することと だと思う。ところが、1)の重要性はあまり認識されていない。4)は、ブレインにやらせれば良いので、1)から3)が重要に思える。

そして、5) みんなで選んだリーダの決断には従う。5)をやらないと政治も会社も迷走する。

昔は、雇われ社長でも会社が上手くまわせていたが、最近は、オーナ経営で無いとうまくいかないとよく言われる。雇われ社長は、ROIとか株主の意向ばかりを気にする、経常利益を確保するため、売れる製品・サービスを作る努力ではなく、行き当たりばったりのコストカットに走る風潮がある。これも、5)ができていない弊害だと思う。

2012年2月1日水曜日: 大企業病と恐竜との符合 - 哺乳類,昆虫型企業へ
にまとめた。

オーナ社長は苦労しているから、1), 2)ができる。3)-4)もできる。そして、5)もできる。
橋下 大阪市長も5)の重要性に言及している。これについては以下に書いた。

2012年2月1日水曜日: 雑草の中から大人物は育つ

前向きであること)
また、リーダは前向きな姿勢が大事であるとよく言われる)だめとはいわない。(育成でもよく言われる)伸ばすためには否定形は使わない。

成功する考え方)
http://anond.hatelabo.jp/20090113092905 にある、宝塚のブスの条件。この逆をやれば成功すると思う人は多い。

ここには、コミュニケーション能力の重要性が、そこここに述べられている。1. 笑顔がない 2.お礼を言わない。20.の他人を信じない 22. 謙虚さがなく傲慢である 23.他人のアドバイスを聞き入れない など。少し前の日本では、どれも当たり前のことだったのも注意したい。今でも、日本人は当たり前だと思っているかも知れないが、私は、かなり失われていると実感している。「ありがとう」というお礼、「おはよう」という挨拶を聞くことがとんと少なくなった。

低下するリーダのコミュニケーション能力)
米国で友人と食事すると、友人が「君の歓迎だからおごるよ」と譲らないことが多い。ところが、日本から上司が来客すると、お土産を持ってくるでもなく、「あれが食いたい。これが食いたい」と、さんざん引きずり回しておいて、食事は割り勘を当然と思い。「ありがとう」の言葉も無い。お金のことでは無い、上司だからと部下に配慮しないのが、そもそもコミュニケーション能力の欠如なのであり、そう言う人では、どんなに知識が豊富でも、リーダは勤まらないと思う。少し昔は日本でも上司は、もう少し部下に配慮していたと思う。

私も人のことは言えない。海外出張で現地駐在員を引きずり回して同じ事をしていた。問題点に気づいたのは、家族に指摘されたからである。海外だと自宅に同僚を呼ぶことも多く、相談しているうちに実態が家族の目に触れたのである。日本でも海外でも、職場以外の世界を持てとよく言われる。同じ考えの人が固まっていたら気づきも無い。こんな事を言われたこともある。「我が家族は誰も興味を持たないあなたの趣味群(ガレージの工作設備, NASAのポスター, Bay Areaの航空写真, PC等) に、あなたの同僚たちは、みんな一律にトラップされているんだね。」。モノカルチャーの危険性がここにある。
違った視点の人たちと一緒に、人間観察をするととても興味深い。

末尾掲載のようなものもあるが、コミュニケーションの重要性が忘れられている。今の日本では、盲点として忘れられているのかもしれない。
自分一人では、何も出来るはずが無いのに。。

コミュニケーション能力を育てる教育というものが一切やられていない。知識の詰め込みばかりである。本来、「ゆとり教育」が狙ったのは、「知識の詰め込みからの脱却」であったと思うが、システムばかり先だって心が入っていなかったのだと思う。これも、コミュニケーション能力が低い、リーダ達が考えたシステムだからであろう。

リーダがそういうことだから、「わずらわしい世の中から一歩引いて、独自の世界にいたい」という発想もでてくるのだと思う。

2011年11月29日火曜日: サラリーマンは気楽な商売か?「いかのおすし」
みたいなことを皆で考え出したら。組織は上手く回らない。

育成もリーダの仕事)
リーダの仕事は、育成である。仕事の仕方自体を教えるのであるから、この育成はスタッフには任せられない。たまには、外部講師や講演会に部下を送るのも良いが、ほとんどの教育は自分が仕事のなかでやるものと認識すべきだと思う。幹部の仕事は以下であろう。

ところが日本ではどうも事務処理係になっているようである。
外人講師による演習で、10件くらいの選択肢、「やりがいのある仕事」「給料」「優秀な上司」等を列挙し、一番モチベーションを感じるのはなにかというアンケートをすると、アジアを含む日本以外の国は、すべて、「優秀な上司」がトップに来る。

一方日本では、どの企業も、「優秀な上司」はほぼ、最下位にくる。私が受けた研修では、選んだ人の数でならべると「優秀な上司」は、たしか下から2番目だった。

日本だけが、管理というものを勘違いしているのだろう。

リーダの仕事とは)
管理者の仕事は、書類雑務ではなくて、以下のことだと思う。
  1. 部門の意見を総合した上での、戦略の決定。もちろんそのための会話が大事
  2. 戦略を実行するための組織構造の改革、部下の採用
  3. 戦略を実行するためのビジョンの統一、説明責任
  4. 部下の育成
  5. (予算の確保 - これは部下にやらせられる)
  6. (顧客との折衝 - これも部下にやらせられる)
上司への報告優秀なスタッフを育てたり、集めたりすれば、みずから、雑務に煩わされることは無くなる。ところが往々にして、2,4ができないので、5,6,7に時間を取られることになる。

そして、注意したいのは、リーダはだれでも出来る仕事ではないことである。技術者とは違った才能。コミュニケーション能力などが必要になる。

だれでも歳をとると管理者にする日本のやり方よりは、米国のように、管理職は年齢には関係の無い、職種だと考えた方が健全なように思える。ここにもリーダがブレイン(技術者)の意見集約をするのが仕事だ、というのが正しく理解されていないように思われる。

管理者であることと、昇級をリンクさせる必要もどこにもない。

リーダがだめだと部下もダメ)
米国でも日本でも、オーナがしっかり締めている、店は料理も美味いし、サービスも良い。医者も同じで、個人の医者の場合には、腕のよい医者は、必ず受け付けもてきぱきしている。米国はサービスの質は平均して悪いが、店長が良い店は、日本以上に優れたサービスを提供している。これとは逆に、日本は平均的にはサービスの質が良いが、業績の悪い会社(某航空会社とか..)は、末端のサービスまで悪い。組織は生き物なので、誤魔化そうとしても、すぐにばれる。

つまりリーダがしっかりしていれば、末端の組織までしっかりと動くというわけである。教育もあるし、人選もあるだろう。一番大きいのは、目的を考えているかどうか。つまり思考停止していないかどうか。
日本も業績の悪い会社は、スタッフがちゃんとした仕事をしていないと思う。そればかりか、スタッフは、生産に寄与しない仕事ばかりを生み出し、書類の山を増やすばかり。あふれる情報を整理して電子化していかないとならないのに。。。教育が行き届かないので、思考停止に気づかない。

これは、昨今あった、特許庁の情報システム設計の失敗が好例である。業務改善をしないと、電子化すらできない。

現場主義)
米国では、1-4をしっかりやっても、やはり、管理職は相当に忙しい。部下の面倒をみるので、部屋に座っていることもできず、部下の席を歩き回る。米国至上もっとも優秀な指導者はリンカーンといわれ、80%以上もの時間を現場主義にあてたと言われている。ほとんど眠れなかったのではとのことである。ここで行われる現場主義とは以下の通りである。
  • 上司が部下の席を毎日回る
  • さりげない会話で、気分をほぐしつつ、それとなく、部下のやっている仕事内容、問題にしていることを聞き出す
  • 問題は職務だけでは無く、家庭環境の問題、たとえば家庭内暴力を受けているかにも及ぶ。これは、それを放置すると企業が訴えられるからである
  • 決して答えは与えない。自分で考えるように仕向ける。そうしないと上司がいないと自分で動けない部下になるからである
  • ただし、法に触れる場合は別。悠長なことはできないので、即座に答えを出す
この講師は以下のことを言っていた。
「本当に仕事をしているのは、末端の部下である。なので、report to (報告義務)があるのは、自分の上司ではなく、自分の部下だと思え」。研修を提供していたのは、米国、欧州、オーストラリア等の専門家である。元軍人、ビジネスコンサルタント(元起業者)、カウンセラー、など、が口々にこう言っていた。
危険性)
日本では、「だれか大人物はいないか」と優秀なリーダに任せようとする。これは、リーダには、重責を感じさせ、1)よりも2)-4)に重きを置かさせる原因になると思う。

そして、そのリーダの発言に対しては、隷属の義務しかなくなる。

米国の大統領は、優秀なブレイン達を抱え、意見集約が仕事である。そして、選挙の前には大論争をするが、一旦、その候補者が過半数を取って、当選すれば、当選した大統領の意見に耳を傾け、単純に内容だけを議論する。米議会ではヤジなどが飛ぶことはない。

ただし、オバマ大統領が中間選挙で負けたのは、自分の主張ばかりを通して自己本位であり、人々の意見が聞けなかったという批判もでている。(後ほどリンクを掲載しておく) この性でオバマが中間選挙で負けたため、米国債のデフォルト危機などという馬鹿げた事件が起きたのだと思う。

米国は、他の記事に書いたように、いろいろ問題が有るが、リーダーシップに対しては、ある程度は、健全な考えを持っているように思う。

誤ったリーダ像)
そして日本にいるリーダの中には。実は欧米では相手にされないようなレベルの人もいるようである。

2012年1月18日水曜日: あるべき議論のやり方

から抜粋する。
欧米では、政治経済や自国の文化が語れないとエリートとは認められない。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20111226/225643/?P=1&rt=nocnt に元記事がある。
米国に駐在する日本人の支社長を評して出た言葉が、ケア・テーカー(Care Taker)だ。ニュアンスとしては、「手が掛かる子供」や「我儘な介護老人」といった感じであろうか。
彼らは、日本にある本社の事情は良く知っている、だがそれ以外の事には驚くほど無知だ。役割に応じたスキルは不足しておる、学ぶ意思も無い。
ディナーの話題はタイガーウッズか日本人メジャーリーガーに関することくらい。自国の歴史や文化を正確かつ興味深く説明できず、政治や国際問題について語れないビジネスエクゼクティブなんて、日本以外の先進国では考えられないぞ。この間の話題は原発問題だったが、我々の方がディテールを含め良く理解していたのは、最早ブラックジョークの域だ。
(米国人の彼の仕事は) 収益がなかなか改善しないことに関する本社へのエレガントな言い訳も含め、我々が全部やってやる。彼らは君臨しサインをして、日本人同士でつるんで遊び、ロングバケーションを楽しんで帰る。

この結果)
「世界でいちばん会社が嫌いな日本人」 http://amzn.to/y7dKD1 のようなことが言われている。以下、amazon.co.jp の書評から。

日本人の会社への帰属意識は世界最低とか、現在の仕事に無気力を感じる人が75%とかを見ると、大切にしたい会社は、幻の桃源郷なの? とがっくりしてしまう。 会社ってヒドい処で、仕事はひたすら我慢するもの。そんな考え方の人は 結構日本人には多いと思う。
本書では職場がいきいきする10の条件を提示する。主にアメリカの優良企業の事例であるが、報酬が高いとか実力主義や個人主義、自己責任とかいう、いわゆる日本の企業人が米国企業に抱いていたイメージ、キャッチアップした(はずの)制度変革的な話はあまり見当たらない。本書を読むと、米国の働きがいのある会社の社員は「ファミリーのような人間関係」「長期的な勤続年数」「創業者や会社の伝統」を「誇りに思う」ということを堂々と言っているらしい。グローバルスタンダードに則って、世界市場で戦うんだと息巻いていた日本企業が失ったものばかりじゃないか。間違った欧米崇拝もあろうが、リーダシップの勘違いで、社員の意見集約をし、会社が嫌いになりそうな人の意見に耳を傾ければ、美徳を失わないで済んだであろう。

日本の会社をダメにしたもの、ここ20年は、「世界に追いつけ、スピード感ある経営を。」。のかけ声のもとトップダウンをめざした。結果、会社全体が、上司の顔色ばかり見て、部下の意見に耳をかさなくなったのかもしれない。

米国は意思決定はトップダウンだが、優良な企業は、社員を集め説明会を開いたり、ボトムアップの演出をしている。大統領も各地で対話集会を開いている。
ダメな企業をマネすればもちろんダメになる。

勘違い)
Facebookでこんな書き込みをしていた著名人がいた。最近覗いてみると、いやいや、実に親切にコメント者に対して対話している。たまたま、このコメントが過激だっただけのようである。
「そういや、たまにボクのウォールに、上から目線で、揚げ足取りのコメントを寄せる人がいますけれど、ボクの場合じつに簡単にブロックしますので、ご注意ください。自分のウォールで会ったこともない人と論争などしたくないのです。FBは5人からのブロックでも、アカウント停止という噂もありますのでご注意を。」
3日ぐらいあとには、上記の発言に330人が「いいね!」を押していた。

この方は逆らう人をどんどんブロックするが、基本的に面白い情報を拾ってくれる。
著名人であり記事の購読者も多いので、相当に嫌なコメントを受けているのだと推察する。

が、残念ながら、このコメントには、揚げ足ととられそうな感想以外思いつかないような内容しか含まれていない。
  1. 人の意見を聞くことを全く拒んでいる
  2. 上から目線とあるが、内容ではなく、目線がどう関係有るのか。もしそれが間違いならば指摘するのがリーダではなかろうか。自分が一番上にいると思っているから、「上から目線はケシカラン」というのだとすると、危険思想にも思えてくる
  3. 揚げ足取りだとすると、指摘しないと変われない
  4. 会ったことのある人なら議論できて、会ったことの無い人の意見を聞かないのはナゼか。重要なのは、内容ではないのか
  5. 無意味な論争になったらはじめて、ブロックするではだめなのか
  6. FacebookなどSNSは双方向通信であることに価値がある。自分の主張に対する反対コメントを全部ブロックしたら双方向メディアの意味が無い
  7. 最後のFacebookのアカウント停止にからむ発言は、恐喝に近い
以前、この方の書評があった。
私は、「おもしろいですね」という趣旨のコメントを書いたら、早速返信コメントがあった。ところが、友人から、「その本の内容は別に新しいものではなく、もう何十年も前から言われている。また、最近の学説は、違う結論のものがほとんどである」と、聞いた。それを反省して、自分でいろいろ調査し、納得したので、この方のwallに、きわめて丁寧に客観的にこの報告を書き込んだ。が、全く応答がもらえなかった。

書評に突っ込むなということかもしれないが、本だって時に間違った内容が書かれている。間違っている可能性を覆い隠すのは、ある意味言論弾圧、中国共産党・北朝鮮状態だと思う。(ちょっと過激発言で済みません。。)

ひょっとしてこの方がいう「揚げ足取りのコメント」というのが、私のコメントのようなものを指しているとしたら、私は非常に危うさを感じてしまう。

別な方との議論から)
最近、別な方とFacebookと議論した、挑発的な発言から始まったのだが、最後には私信messageの交換になり親身になって丁寧に議論してくださった。そこで気づいたことを、以下にまとめておく。
  1. 人生の残りが少ないので、品位とか、そういうことにこだわっていられない
  2. 人のwallのコメントで議論しても情報発信にならず。もったいない。特にこれは、wallの先頭しか着目されないという事にも当てはまる
  3. Facebookは軽いlikeの場であり、議論の場ではない
  4. SPAM的な情報過多を招くアプリに対して注意が必要である
聞くことを無視するリーダがいるが、これは、社会を変えないといけないという、義務感が高まりすぎているのかもしれないと思った。

が、それをやると、コミュニケーション能力に長けた人、特に女性は引いてしまう。実は情報発信の機会を奪ってしまっている可能性もあり、もったいないことである。

4のSPAMアプリの件については、私は、こう考えるようになってきた。Facebookは、社会の縮図である。近況報告に利用したい人もいるだろうし、手軽にいろいろ情報発信する人も居る。もっと重くとらえている人も居る。いろいろな人が居ることを感じることこそに価値があるし、そのなかでも気の合う人とつながりが出来れば良い。

社会問題を議論したい人には、増殖するアプリがSPAMと思うかもしれない。が、そういう人にとっては、お気楽な近況発信も、おきらくなコメントもSPAMであろう。できることは3つ。
  1. 人は変えられないので、自分があわす
  2. 分かるように説得する
  3. 分からない人は切り捨てる
ケースバイケースで3つを選択すればよいのであろうが、3をやるとつながり自体も切れる。なので気持が整理できなくて、悩むのであろう。

欧米人なら、会社や医者も、だめならすぱっと切る。だめな人とは友達にはならない。当然、ダメな異性と夫婦関係を維持することなどはない。気の優しい日本人だからこその悩みなのかも知れない。

いずれにしても、暴言は、なんの価値も生まない。評判をあげるにはとてつもなく時間がかかるが、失うのは一回の暴言で一瞬である。
もしも、人の心に傷をつけてしまったら、どう弁解しようが絶対に消えない。

また、メイルでは、一旦出したものが絶対に取り返せない。
Facebookやblogでは書き込みが消せるのでまだ良いが、文字として衆目に触れてしまうと、音声以上に強烈な印象として残ってしまう。

SNSのすごさ)
SNSは軽率な面もあるが、価値も多い。
何度も書くが、技術は必ず負の側面があるので、正の側面を伸ばし、負の側面を補うのが科学技術力であると考えている。以下にも書いた。その点では、上記のコメントとは矛盾はしていない。
2012年1月2日月曜日: Hoover Damのダム湖は巨大、三峡ダムの発電量も - 世界レベルは違う。が黒4ダム時代の日本は技術立国だった
ここまで書いてきた情報は、Facebookを2ヶ月ほどやって拾い上げた情報である。草の根情報源のすごさである。Facebookをやって、自分が1皮も2皮もむけたように思う。様々な記事、情報のなかに、本当の教師・反面教師・皆さんの考え方の嗜好など、さまざまな知見があふれている。真のリーダが、これを活用しない手は無い。
見識のある日本のリーダたちは、すでに相当使いこなしている。日本は、しばらく迷走したが、ここで脱出できそうだと、自信を持って言える。

そしてFacebookでみつけたのが、以下。内容は共感でき、多くの方がShareしている。つながり=コミュニケーションの重要性が主張されている。
著作権は、「宇宙」にあります。と寛大なコメントもついていた。


これをビジネスの形に、私が、まとめ直したのが、以下である。これも著作権は「宇宙」にあります。

現場が、不可分としたのは以下のような意味である。マーケッティングも、設計も、製造(コーディング)も、育成も人任せにはしない。自分で責任を持つ。という意味です。革新的なプログラムも装置設計も、他人任せでは作れない。

商品を作る⇒顧客価値創造が第一、下請け⇒自前主義+横の連携、管理者は出世⇒職種:価値創造のサポート部隊。
そして、やりがいを感じる職場。これが、クリエィティブな価値創造につながり、大きな利益を生み出すと思う。

下請けから共生へ)
日本は自動車産業が非常に強い。アイシンAWという会社がある。トヨタに部品を供給しているが、トヨタの下請けではない。

オートマ車のトランスミッションを作っているが、これは、トヨタ車(レクサス、クラウン、カムリ等)に採用されているものもあれば、フォード、ボルボ、マツダ、オペル、サーブ、キャデラック、アルファロメオに採用されるFF用のTF-80SCや、プジョー、シトロエンに採用されるFF用のTF-70SCも作っている。強い部品を各社に供給しているのである。
Jatocoという、オートマミッションのメーカも、スズキ、日産、マツダ、三菱にオートマチックミッションを提供している。

人生訓)
でもここには、コミュニケーションの大事さが触れられていない。9.の「何事も信じ行動する」 は、独断で動けと勘違いされそうな表現である。行動することは、批評ばかりしないという意味であり、自分で手を汚す必要はない。リーダは意見集約して意思決定すれば、それで十分役目が果たせると思う。もちろん、意見集約するためには、自分で動き回る必要がある。待っていても、情報は何もやってこない。

日本では、コミュニケーション能力が、それほどに盲点なのであろうか。

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