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本ブログのアクセス統計: 60万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。久しぶりに更新します。

2012年9月9日日曜日

日本人からみた米国人風の勘違い

日本人は、米国人がタメぐちを聞くと思っている。もちろんそれは間違っていないが、かなり勘違いもある。。一言でいうと、米国人は気配りが細かいということである。別な言い方をすると、米国人のほうが、自分に厳しく他人に優しいように思う。
欧州人もそうかはしらないが、イギリスとフランスにいって、知識人と仕事をしたところでは、性格的なもについては同じように感じた。

以下、順番と重要度は関係がない。
  1. 初対面でも距離が近く人なつっこいが、他人のプライバシーに配慮して、知り合った後も必要以上にベタベタしない
  2. 発言は、いつも相手に気をつかっている。
  3. 人主語と物主語の違いを心得ている。
  4.  素直である。
    1. 簡単に謝る
    2. 感謝する
    3. 正しいと思えば、そうだと言う
    4. 他人の努力をほめる
  5. 干渉すべきでないことを心得ている
  6. だめなときには、相手を直そうとしないで、スパット縁を切る
  7. おみやげとか、義理の習慣がない
  8. プレゼントは心からする 
  9. 肩書きよりも中身を重視する。ステレオタイプにはめない
  10. 学歴主義である
  11. コネ社会である 
  12. スキンシップではない 
  13. ポジティブ思考であり、議論の仕方を知っている
     これは別投稿として以下にまとめた。
      
    2012年9月15日土曜日 :
    意見は、合うところだけあえば良い - positive思考
小さい頃から、個人主義を教育されているのであろう。もちろん、私の知っている人は知識人がほとんどなので、低所得者層がどうなのかはしらない。が、引越や修理にやってくる、中層階級の移民達もこれらには当てはまるように思う。

よく、米国人は、個性を重視するとか、かわり者に寛大といわれる。が、普通の人は、配慮が行き届いているから、変わり者に対して対応する余裕がうまれるのかもしれない。

タメぐちの勘違い)
私は、今の日本のタメ口志向が気持ち悪かった。が、このblogの解析でなんとなく理解した。欧米人は、タメ口だが、相互のパーソナリティを尊重し距離を保つ。
日本人は敬語があって、上司は尊重する傾向がある、逆は、個人的なことに踏み込むように思う。もしタメ口というと、これを勘違いして、全員に対して無配慮になるような気がする。
もちろん、ここに使っているような、「である」調は論文調なのでちょっと違うと思うが。。それも気になる人が多いようなら、「ですます」調に直すことにする。

私は、友人でも、年下でも、目上でも、なるべく敬語や丁寧語を使うように心がけている。時には、奥さんにでも。。
特にメイルやSNSでは、そうしないと、相手の雰囲気が読めないので危険なように思う。



具体的に解説したい)
1)「初対面でも距離が近く人なつっこいが、他人のプライバシーに配慮して、知り合った後も必要以上にベタベタしない。」

米国人は、例えば、若い女性と目があうと、ウインクをしてくれたり。マクドナルドやレストランの入り口などで、気軽にお互いに声を掛ける。

だが、それで、「お知り合いになった」と勘違いすることはないので、決して、同席したりしようとはしない。

嫁姑の関係は、日本でも課題だが、これも親子でない義理の関係の姑が、嫁に実子のように干渉することが一つの原因に思う。米国人は、そういう過干渉はしない。そもそも、家族が、アジア的な親子の関係よりも、夫婦の結びつきを中心とした夫婦関係。子供は、付属物ということもあろう。特に18歳までは、親が子供の養育責任を強く負わされる。

特に小さい子を車内や家に単独で放置すると、家庭内暴力(Child Abuse)扱いになり、近所の人が見付けると警察に通報され、刑事罰を受ける。が、18歳をすぎると、成人したということに、スパット援助をやめる。家から追い出す人もいるようである。

すべて、家庭が夫婦の結びつきを中心に構成されているからであろう。

若干脱線するが)。。。一方、アジアは、家族が親子のつながりで形成されている。遺伝や母性愛を考えると自然である。が、子供を過保護にしがちである。昔は母親の過保護だけだったが、最近は父親も過保護である。東京の私立中学入試にいくと、試験の待合室には、父親がぞろぞろ来ていて、試験開始後、待合室に、試験問題が張り出されると、父親が我先に問題を書き写しにいって、問題を解いている風景が、よく見られるそうである。

インドや中国はそういう関係だが、核家族にはなっていない。米国のアパートにも、老人(子供から見ると、おじいちゃん、おばあちゃん)と住んでいる、家族がいる。つまり、親は過保護かもしれないが、おじいちゃん、おばあちゃんの影響もうけて、大事にそだてられるのかもしれない。

過保護で、実の親、それも、父親が忙しく家庭を顧みないと、母親だけの過保護の影響を強く受けて子供が育つと、どういうことになりやすいか。。大変気になる。。

2) 発言は、いつも相手に気をつかっている
タメグチは、横柄ということではない。1)に書いたように距離感を適切に保っているので、コメントするときには、I would ratherとか、相手に配慮した言葉使いをする。

対面なら、辛辣なジョークやスラングを使っても、email等、雰囲気が伝わらないで、炎上の危険があるものでは、とても配慮した文章を書く。

そもそも、Stanford大の学生は、SNSは使わない。文を用いたコミュニケーションでは意思疎通が難しく、余計な時間もかかるし、炎上も招くのを知っているからである。

米欧豪などの専門家の集まりによる研修があったが、そのときも、大事な話は、メイルではするな、電話でもだめ。直接顔を合わせてやる。そして、手振り、足の組み方、目配せに気をつけろと何度もならった。欧米人でも80%は言葉以外から伝わり、女性では90%。以心伝心の日本人では、さらにこれらが多いだろうということである。

勘違いしている日本人は多いと思う。

コメントをするときでも、「太ったね」「老けたね」「髪が薄くなったね」「結婚はまだなの」「子供はまだなの」料理を食べていて「ま ずいね」とか思ってもいうべきではない。興味があるのはわかるが、興味本位でいっても相手は気に掛かるだけである。ましてや中途半端な対策がある程度でも やめたほうがよい。米国人は決して、そのように気分を害するだけの発言はしない。

イベントを見に行って楽しんでいるのに、興ざめな発言を連発するのもやめたほうが良いと思う。だれの為にもならない。

正直であることは必ずしも正しくは無く、つみのないウソ「white lie」が必要なことはおおい。

3) 人主語と物主語の違いを心得ている
褒めるときは、人を主語にして褒める。一方、批判は、It主語である。Youを主語にして反論すればケンカになる。そもそも、英語で、「You!!」と強くいっただけで、ケンカを売っているようなものらしい。

ところが、主語を省く日本人は、「ある話題」に関する議論と、「君の性格」に対する議論をごちゃごちゃにする人が多い。相手の性格を非難し始めれば、相手は自分を守るため、必死になるか、ケンカになるかだけである。そもそも、自分の子供ですら、性格について言われれば、抵抗して話しを聞いてもらえなくなる。あかの他人、それも立派な大人の性格をどうこうしようなんて、絶対に不可能だと考えた方がよいと思う。

米国人が議論で白熱しても、後腐れ無いのは、相手については批判しないようにしているからだと思う。

4) 素直である
米国では、交通事故では、決して、sorryはいわず、交渉も全部保険会社に任せる。訴訟で不利になるからである。もちろん、加害者が菓子折を持って行くなどと言うことは無いと思う。
医者も医療訴訟になるので、決して謝らないし、お店でも、Sorryなどとは言わない。ただし、amazon.comは、不良品をクレームすると、迅速に、丁寧にsorryと書いてくる。(米国のamazon.comは日本のamazon.co.jp にくらべると遙かに不良率が高い。返品自由の商習慣に関係しているかもしれないし、店員が返品理由を聞かない、お客も不良があったからといって、店の評判にはしない。などが、あると思う。)

ところが、対個人になると、大変素直である。
ぶつかればsorryというし、ドアを明けて待っていてあげれば、thank youという。

日本の政治家は弁明にウソを重ねて怒りを招くが、これは最も悪い例である。普通、人は故意でやったのでは無い間違いは、あやまれば許すものである。すぎたことなので、怒ってもしょうが無い。許してもらえないのは、いいわけなど、誠意のない謝り方である。それに、うそを重ね出すと、どうしても許せなくなる。
日本の政治家は、よくそういうことをやって、最後は病院に逃げ込むことが多いが、あれは、人間として最低の行為だと思う。なぜ、そんな人間が国民の代表になるのか信じられない。。

米国人は白熱した議論をするが、この中でも、分からない事はとことん分からないというし、納得できなければ、中途半端にしない。
が、それが、どうしても折り合えないと理解すれば、分かった止めようとなるし。件件がくがくの議論をしたからと、人間関係が悪くなるでも、以後その人を、ステレオタイプで見るわけでもない。ケンカにならないのは、人主語と物主語の違いを心得ているのも関連していると思う。

 そして一番の美徳は、納得したら、「なるほど、そのとおりだ」と、スパット言うことである。

音楽をやる人もおおい。防音の貧弱なアパートでも夜10時まで楽器をやってもよいと言われている。それ以前なら、ピアノ、バイオリンなどが聞こえてくる。(日本では、一戸建てが多い田舎でも、そうとうに神経質らしい。)そして、パーティーなどが多いが、そこで、ちょっと披露すると、みな、「上手だね。すばらしい」と褒めてくれる。気を良くして、練習に励む。日本だとねたむひとが多いと思う。
スポーツなら自慢しても構わないだろうが、音楽、勉強を日本で自慢じみたことを言うと、ヘタなクセにと、ねたまれるのではなかろうか。 だれだって、最初はヘタである。

勉強でも褒める文化である。

5. 干渉すべきで無いことは心得ている)
  これは1にも関係している。

「人間相手の性格は変わらない。変われるのは自分だけである。」 なので、性格やものごとへの対応のしかたについて、言及したら紛糾する。実の親子でも、子供の人格を矯正するのは並大抵のことではない。

 ところが日本人は議論を始めると、すぐに相手の人格攻撃になるようである。学校の先生も指摘していた。そうすると相手も、自分の人格を守らないとならないので、議論があらぬ方向にいく。人格を矯正しようなどとは、決して試みない方がよい。相手がお願いしてこない限りは、決して受け入れてもらえないし、仮に相手がお願いしたからといっても、何度もやっていると、そのうちその人は友達ではなくなるだろう。

 自分がそういうことをされたら、どう感じるのか、それを相手の立場になってシミュレーションしてみれば自明なことだと思う。日本人や台湾人も、本当の知識人はこのをわきまえた人が多い。それ以外のアジア系の人に関しては、いろいろの様に思う。

  しては、いけないことを心得るのが大事だと思う。

6. だめなときには、相手を直そうとしないで、スパット縁を切る)
  5にも関連するが、なかなか相手は変えることが出来ない。無駄な努力をしないで、スパット縁を切る。合わない人とはお友達にならない。

 この典型的な例が夫婦関係なので、直ぐに離婚に至る。

 また医者もそうらしく、日本人の女性が受付の歯医者、先生は先代は日本人だったが、いまは、ルーマニア人の女医さんのところに通っている。

その受付の方がいうには、『日本人は、信頼のおける医者かどうかだとか、説明が十分かどうかとか気にする。なので、先生にその日本人の期待に合うように、説明を丁寧にしたり、かみ合わせは大丈夫か何度も聞くようにとお願いしている。ところが、米国人(白人だろう)は、あまり文句も注文も付けずに治療を受けるが、合わないなと思うと、スパット来なくなる。』とのこと、である。

相手を変えるのは難しいと知っているからだと思う。
そういうことなので、合わない会社で無理して働かないで、あっさりと転職していくのだと思う。

7. おみやげとか、義理の習慣がない)
 そもそもプレゼントはやりたいからあげるものである。なので、お土産は特に買ってこない。お返しも要らない。ブラジル人とか台湾人は義理堅いが、それでも、やはり親切でやっていることに対して見返りは期待していない。

面白かったのは結婚式のプレゼント。1993年に自分の結婚式をこちらでやったが、結婚式パッケージもないので自分達でくみあげたときのはなし。こちらのおごりでレストランで ランチの披露宴をやった。

プレゼントには、金額指定などないし、ご祝儀もない。
プレゼントは皆、思い思いのものをもってくる。が、多かったのは、レシートをつけてくること。返品可能な商習慣なので、気に入らなければ返品して現金にしてねということである。ギフトカードよりは、本人の趣味も感じられるし、興味深かった。

こういうパターンも日本人には多い。お土産をもってくると、ご自慢なのかウンチクがついてくるひとがいる。聞いてもいないのに一方的に話すのがウンチクである。
ご自慢をするために持ってきた、おみあげなら、いらないと思われることもあるというのがわからないようである。そういう人に限って、人の話は聞かず、自分のご自慢話になる。

ま、米国人は日本人以上に話しは長いが、知識人では、あまり自慢話というのを聞いたことがない。そういう友達だけだからなのか、かれらが、自分に自信があるからなのか。また、私が英語がヘタで、そのニュアンスが分かっていないだけなのだろうか。。

8. 心からプレゼントをする)
 米国人は義理堅いところもある。友達を大事にするというか。。久々にあった、お友達とランチとかをするといつもおごるといってひかない。

米国に訪問したり、赴任の挨拶をすれば、日本から折角来てくれたからと奢ろうとし、彼らが日本を訪問したときには、日本の良いお店を紹介してくれたから、おごるよとなる。

また、誕生カード類も欠かさず送ってきたりする。

日本では上司が来て、案内に引きずり回し、あれが食いたいコレが食いたいとセットアップの手はずをさせても、お土産無しで、食事も割り勘だったりする。それも1ドルまで割り勘で、皆同じ額にしようとする。( だいたいケチなのは、どの国でも嫌われる。)



義理でなく、こころからのおもてなしでやっているのだと思う。


9.肩書きよりも中身を重視する。ステレオタイプにはめない)
名刺になにもかいていないひとでも、世界的な有名人だったりする。 Stanford大で世界的に有名な教授の名刺にも、Professorとしか書いてない。日本人が、博士だとか、xxx委員だとか、役職をずらずら名刺に並べるのとはワケが違う。

肩書きでは無く、中身で見ようとする。
日本人には、権威志向のひとが結構いて、相手によって態度を変える。 女性の大学教授がいっていた。奥さんだとおもうと、日本人の医者は馬鹿にするが、大学教授だと分かった途端、態度がころっと変わると。そんなにペラペラな対応で、人間的に恥ずかしいとは思わないのだろうか。。

同じく、日本では、血液型占いが流行ったり、人をステレオタイプにはめるのがすきである。ま、解析をするのはステレオタイプにはめることなので、ここで、日本人はと、ひとくくりすることが、矛盾しているのはご容赦ねがいたい。

また、あるできごとが起きるまでは、丁重な態度だったのが、あるできごとを境に、見下したような対応をとる人も居る。その都度の対応ではなくて、ステレオタイプで、「こいつは、こういうヤツだ。」と思うのだろう。残念ながら、日本人には、そういう人が結構居て、一旦、そういう対応になると、もはや、そのステレオタイプは外せないようである。

10.米国こそ 学歴主義である)
GPAという学校での平均成績がどこにでもついて回る。それがあるので、高校生、大学生は良く勉強する。(学校の勉強自体は、日本の進学中高のレベルにはかなわないが、大学になると、日米のレベル差は逆転すると思う。)
 
11.コネ社会である)
転職をするが、転職時には、転職元のマネージャに、新しい会社や部署から、その人物に対する問い合わせが行く。これには、正直に答えないと、そのマネージャの業界での評価がさがる。エンジニアの世界は狭い世界である。ましてや一流のエンジニアや、マーケッティングの専門家は狭い世界で交流している。そこで、問題児と悪評がたてば、もはや業界を変えないと転職は難しくなる。
法律上は、公募して能力で雇わないとならないが、実際の求人は、知り合いのつてで優秀なひとに声が掛かる。

また、以下に書いたように、優秀なマネージャを引き抜くと、その人を慕って、優秀な部下たちが芋づるしきについてくることも多い。マネージャの価値は、部下で決まるのである。経営者ならともかく、マネージメント単独では仕事が出来ないし、ましてや、仕事の流儀が違う他社にあらたなマネージャが溶け込むのは難しい。したがって、即戦力になる部下とセットで動くことも多い。

なので、マネージャは、部下の仕事がしやすいように最大限のサポートをする。「業務命令」を伝家の宝刀と威張っている日本のマネージャとはわけがちがう。

2012年5月27日日曜日: 米国のマネージャ

12. 「スキンシップではない」
銃とかがあり危ないのもあるが、人とは距離をおく。満員電車は気持ちが悪いと思うようであり、日本のように混んでいる電車には無理に乗らず待つ。

また、日本人が列に並ぶと後ろにぴったりとくっつくが、これは外人は気持ち悪いようである。ただし、日本人はパーソナルなエリアは横で有り、欧米人は縦である。という記事をみたような気もする。日本人は、横長の自分のエリアをもつのでそこに入るといやがるし、欧米人は、縦長だというような話しである。ググってもみつからないので、真偽のほどは不明。いずれにしても、日本人のほうがパーソナルな空間が小さそうではある。

人口が多いので、そう適応したのかもしれないが。

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