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60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。2018/7/7 .. おお七夕 .. には63万0656アクセスになっていました。久しぶりに更新しました。
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2014年11月22日土曜日

米国の公立高校での音楽教育

米国シリコンバレーの現地高校での音楽教育)
  • 音楽の授業ではオーディションをしてクラスを選ぶ
  • クラスは学年ごとには分けず、通年で演奏の腕で分ける
  • クラス毎に楽団が作られる
  • 授業の成果発表として発表会を毎月ぐらいの頻度で行う
    • 会場は学校のホール等だが、一人10ドルぐらいの入場料をとる
    • 300人ぐらい入る会場はいつも父兄や学校の友人で満席
    • 父兄がボランティアで参加して、軽食やおかしが振る舞われることもある
  • ブラスバンドの精鋭中の精鋭は、マーチングバンドとして選抜され、フランスのコンクールに出場する。これが、最大の栄誉(目標)らしい。
  • シリコンバレーのFremont学区には5校あったが、どこもハイレベルな楽団をもっていた
2012年に子供達が入っていたLynbrookという高校(米国は534制なので中学3年も含む)での状況を以下で説明して関連写真を末尾に引用する。
オーケストラの一軍は日本の大学顔負けのレベルなので、そのうち演奏を掲載したい。この投稿もその際には、移動させることになると思う。

ともあれ、以下に書いた日本の運動会文化とは、大分、狙いも運営も違うように思う。

2014年11月2日日曜日: 日本だけの運動会文化


楽団の構成)
  • 弦楽団:全生徒数700人程度の高校でオーケストラが2つ存在する
    1. Orchestra -- 弦の一軍
    2. Wind Ensemble -- 弦の二軍
  • ブラスバンド
    1. Symphonic Band -- ブラスバンドの一軍
    2. Concert Band -- ブラスバンドの一軍
  • 合唱
    1. Dolcissima Girls -- 女子合唱の精鋭
    2. Girls Choir -- 女子合唱
    3. Concert Choir -- 男子合唱
時々合同演奏もやる。

主な特徴)
  1. 二軍でもクラスに入るのにオーディションが必要
  2. ただし、ヘタクソで入った子供も区別せず、ちゃんと指導するし、本人もモチベートされて一生懸命練習する。また1〜2ヶ月ぐらいでコンサートに出してもらえるので大変モチベーションが上がる。
  3. 毎月発表会があるが、これは音楽のみ。合唱と合同だったり、そうでなかったり。
    1. 発表会では順位をつけたりしない
    2. 先生が毎回工夫を凝らす。
      1. 楽曲を変える。ポピュラーにしたり、有名クラシックにしたり、現代音楽風の難度の高い曲にしたり
      2. レベル別の小グループにわけて以下の試みもしている。
        1. 先生は指導しない
        2. チーム選定、楽曲選定、衣装、舞台での並び(座るか、立つか...)は、全部チームで決める。
        3. 指揮者はなく自分たちで工夫してタイミングを合わせる
  4. コンクールが時々ある。ここでは、
    1. 特定分野のみの大会。私が聴講したのはブラスバンドのコンサート
    2. エリアの高校対抗であり、優勝校と上位校はカリフォルニア大会に進出する
    3. 順位をつける。一軍も二軍も一緒に争うので、当然一軍が上位に来る。
    4. 演奏後、審査員による好評があるばかりか、楽団は演奏終了後に別室によばれ楽曲指導が行われる。そこでは音楽の先生が、演奏の問題点を指摘し、課題修正のための練習が行われる。指導していたのは、以下のような数点のポイント
      1. 強弱(アーテキュレーション)の付け方:一人で演奏するp(ピアノ)のほうが、大勢で演奏するpp(ピアニッシモ)より大きい音になる
      2. 情緒の出し方
    5. Lynbrook高校のCondert bandは二軍なので上位には食い込めなかったが、ハイレベルな一軍のSymphonic bandも州大会には進出できなかった。
競争って本来こういうものなのではないのでしょうか....

間違えてオーディション有りのクラスに全く素人で入った子が
頑張った結果、2ヶ月でコンサートにも出場し、
校長先生から頑張りと上達をたたえた表彰状
(彼は、熱を出しても登校していた)
コンサートのプログラム
左上から 右下へ
2011/12/8 Winter Concert - 弦、管、合唱合同
2012/2/1 三校のConcert band(金管2軍)の 合同Concert
2012/3/23 Spring Concert - 弦と管楽団
2012/2/30 Spring Concert - 合唱団
2012/5/24 Pop Concert - 弦、管、合唱合同

と、しょっちゅうコンサートをやっている

2012/3/31 :地域の全校によるコンクール
演奏と審査員講評のあと別室で審査員の一人による
Lynbrook高校のConcert Band(管の2軍)への指導会
 以下)2012/4/3に開催されたコンサート: 自主的にメンバ、楽曲、服装をえらび、指揮者無しでやる演奏会の試みから...
弦の一軍のなかの最も精鋭チーム
左はじがコンサートマスタ(圧倒的に上手い)、隣が副コンサートマスタ

他の弦のチーム

金管楽器のチーム

2013年2月7日木曜日

大学の本分は教育ではないのか。。


http://agora-web.jp/archives/1515336.html に「大学の研究は産業振興に貢献するのか」という記事がある。以下に引用するような、データをあげたうえで、

大学の研究成果により短期的な産業振興、経済発展を成し遂げるという考え方については懐疑的にならざるをえない。データを見ればわかるように、これまでの約10年の間に大した効果は無かった。 
 大学の研究ですぐに経済活性化できるなど過度な期待をせずに、長期的視点で研究を見守っていく方が良いのではないだろうか。産学連携を通して大学の研究力、教育が向上し、長期的に見れば日本の経済活性に繋がるのだから。 
 やはり、それは社会が許さないだろうか。
と結論づけている。

大学の本分は教育)
私は、産学連携とか研究力と言わず、まず教育に力を入れて欲しいと思う。以下にまとめると。

 大学の本分は教育と思う。20代前後の一番柔軟な頭脳を最大限に延ばし、クリエイティブにして、次の世界を背負ってもらわないとならない。
 単なる研究なら、卒業してからでも十分長い間できるが、教育と自分の将来の方向付けは(特に終身雇用が強く残る) 日本では、大学のあいだにしかできない。
 その教育に必要なプラットフォームとして研究が位置づけられるべきで、それが産業に役立つとかそういう短い視点になるべきではない。学生が卒業したずっと後で役立つ研究テーマも良い。そういう点で、大学の先生が御用学者になって、政府の方針付けなどに時間を割くのも反対である。

 また、教育の中には人格教育も含まれるので、就職できなかったから大学に残るとか、企業で人間関係が上手くいかないから大学に戻るとか、そういうものも断ち切って欲しい。そのためには、大学の先生に高い給与を払い、待遇をよくして、研究や教育環境ももっと優遇して、だれもが競ってやりたい職種にするべきである。

 それが日本の競争力を強化していくと思う。

教育と産業の交流・切磋琢磨)
従来は教育界と産業界が分離しており、ようやく日本でも、産業界から教育界に流れる人が、年寄りだけではなく若手も増えつつあるようである。

米国では、教育と産業界は、相互に高い流動性を持っている。二足のわらじをはいて成功している先生も多い。
さらには流動性を高めつつ、研究テーマや教育の段階で、教育界と産業界が棲み分けるよりも、競争して切磋琢磨すべきなのではなかろうか。

グローバルな競争の時代であり、世界は若い人達が全く新しい会社を立ち上げ、人を使ってビジネスを成功させる時代である。その若いリーダ教育の締めくくりをするのが大学の教員である。
「大学の先生は変わり者でよい」では、もはや済まない時代だと思う。そういう大学には世界中からは優秀な人材は集まってこないと思う。

日本の大学に世界の優秀な学生が来ないといわれて久しいが、世界から優秀な人材を集め、日本では次々に強いベンチャーを輩出する米国の大学を研究し、その理由について調べているのだろうか?

米国では徹底的に教育をしている)
以前のblogをいくつか参照したい。色の部分がハイパーリンクになっている。
特に、Thought for the Weekend で書いたように、良い先生は人間教育、「リーダーたるべきものどうあるか」の教育もしている。

2013年5月6日月曜日: Stanford大学の授業


2013年2月5日火曜日: 米国の理科教育
 では、高校での理科教育を書いた。

2012年10月12日金曜日: 大学の役割とは?

    には、寄付により自由につかえる膨大な予算をもつ米国の私学について書いた。

2011年12月31日土曜: 本当の教育者、本当のプロとは

    では、Stanford大で教官が教育に力を入れている点を書いた。米国の大学は特許数は多いかもしれないが、やはり教育が本分だと考えている。

    には、日本での大学受験戦争の歪みを書いた。

   には、全員へのリーダシップ教育の重要性などを書いた。

2012年1月25日水曜日: 大学の秋入学 - もっと大胆に改革したらどうか
   には、大学入試の改革提案を書いた。東大秋入学ですら、どうも立ち消えになりそうらしいが。。


2012年5月20日日曜日: 日本の教育は早々に改革すべきである

 教育改革に対する、中間まとめ

2012年6月4日月曜日

米国こそ学歴社会である

はじめに)
本blogは、ロジックが2転3転してよじれているので、最初に整理しておく。
  1. 米国は学歴社会である
  2. 教育をするには金がかかり、格差社会を生む
  3. 教育は投資効率の悪い投資である
  4. 教育こそが親が子供に残せる財産という、華僑たちの認識
  5. だが、クリエイティブなのは華僑たちではない。過保護は、子供をダメにする
本当の学歴社会は甘くない)

California School Rating http://www.school-ratings.com/ というものがあって、学校名をいれると、学校の10ランク評価と、APIという1000点満点のテストのスコアが出る。全米版でも有名なものがある。(後日記載する)そして、detailを押すと、以下の情報が出る。
  1. 学校の人種構成
  2. 親の最終学歴
  3. そのエリアの家の売値の推移
日本では、隠してしまって、知る人しか知らない情報だろう。だが、日本の学校でもこういう格差は歴然と存在している。

だったら、皆に公平に公開すれば良いというのが米国的なのだろう。これによって格差が広がろうが知ったことでは無い。チャンスは公平に与えているので、努力しない人が悪いのであるということであろう。

以下に書いた、「差別と格差」、「公平と平等」の違いであり、日本では、これがごっちゃになっている。

2011年11月23日水曜日: 大変優れた日本のサービス、日米の違いの整理


公立高の場合どこの高校にいくのかの基準は、学区の教育委員会によって違う。
プレースメントテストの結果で、複数校のどこかに割り付けるエリアもあれば、近いところを選んでくるエリアもある。

シリコンバレーのFremont学区にある5つの中高では、住むエリアで行く学校が一意に定まる。すなわち教育水準の高いエリアは、人気がでるので、家も高くなり、貧乏人は住めないという格差の連鎖が生じる。賃貸物件も学区によって値段が大きく違う。
これは、今に始まったことでは無い。

具体的に、Fremont学区の高校を見てみよう。
ここには、5つの高校がある。北から、順に書く。学校の後ろにあるのが10点満点のschool ratingである。
  1. Fremont High School              5
  2. Homestead High School        10
  3. Cupertino High School          10
  4. Monta Vista High School       10
  5. Lynbrook High School           10
Homestead High School http://bit.ly/KrZFPT は、アップル創業者のSteve JobsやSteve Wozniak が卒業している。http://bit.ly/HcQc8Z がwiki。

上記1, 4, 5の3つの学校に関して、冒頭に引用した、California School Rating でひいたものが以下である。人種構成、親の学歴が、全然違うのが分かる。家の値段も、高級住宅街のMonta Vista学区は、土地が一軒300坪近く、一方、やや庶民的なLynbrookでは、土地が一軒150坪くらいになる。
建物ののべ床面積は、100平米から200平米と結構ばらついており、売り家の値段は、土地の広さよりも、主に建物ののべ床や建物の使いやすさで決まってくる傾向が強い。

土地はおまけ、あくまで、住むための建物で市場価格が定まるようである。

Fremont High)


Monta Vista High)

Lynbrook High)


なぜこれで良いのか)
教育は投資効率の悪い投資である

  別に高い教育を受けなくても、普通に仕事が出来て、新車を買って、家が持てるからだと思う。
一方、ある意味教育は効率が悪い。
  1. 家の高いエリアに住む
  2. 親が面倒をやく時間がかかる
  3. 教育費が高い。
  4. 習い事。だいたい、楽器や運動など、習い事をさせ、ボランティアなどをやり、リーダシップ経験がないと、良い学校にも入れないし、良い企業にも就職はできない。
金と時間を掛けても、結果として、子供が金を稼げられるほど成功するかも分からないし、勉強でうまくいっても、事業で成功するかも分からないと、不確定なのである。

教育は親が子供に残せる最大の宝物)
それでも、中国人やインド人は、両親とも学校の説明会にやってきて、平均点(大学への内申)にあたる、GPA(平均成績点)を如何に良くしたら良いか。クラブ活動は関係あるのか。など、事細かに聞いている。

華僑、印僑と呼ばれる彼らと、ユダヤ人は国というよりどころを持たずに、世界を渡り歩くので、一番大事なものは教育であると、身を持って知っているのだろう。金や家は失っても、教育は一生の宝。

「親が子供に残してあげられる最大の宝物は、教育である。」との信念だろう。

過保護・過干渉は子供をダメにする)
ただし、親が干渉しすぎると、クリエイティビティは生まれない。がりがり勉強をしているだけではダメ。
  1. 自分で考える
  2. 時間を上手に使う
  3. よく学び、よく遊ぶ
ことが重要である。いずれも、日本を含めたアジア人には掛けている。親が、子供に干渉しすぎるのも理由である。会社や教育でいえば、教師や上司が、部下に干渉しすぎる。


にも書いた通り、白人達はちょっと違う。



2012年5月20日日曜日

日本の教育は早々に改革すべきである

日本経済の停滞の根源は、教育にある。日本は良いところもあるが、このままでは、変化の激しい世界状況についてはいけない。

一番いけないのが、老人や既得権益を保護するために、若者から活気を奪っていることである。

以下に関しては、要点を本文にまとめてある。が参考までにリファレンスとして書いておく。
  1. Facebook、Googleなど活気のある企業はすべて若者文化である。
    2012年5月5日土曜日: Facebookの社風: 若者文化
  2. 以下のような甘えも大問題である。
    2012年4月7日土曜日: 終身雇用の生んだ甘え
  3. 大企業になっても、多くの産業では良いことはなにもないのに、未だに政府も、企業合併ばかりを考えている。今や米国IT業界の先端は、スモール and クイックである。
    2012年2月1日水曜日: 大企業病と恐竜との符合 - 哺乳類,昆虫型企業へ
  4. リーダシップも相当に勘違いしているように思う。
    2012年2月2日木曜日: リーダの条件
  5. 議論のやり方も間違っている人が多い。新たな解を求めていく、これからの変化の激しい時代に、これが、できないのは致命的。
    2012年1月18日水曜日: あるべき議論のやり方
  6. 大学教育者も、遅れている。
    2011年12月31日土曜日: 本当の教育者、本当のプロとは
  7. 東大の入試改革ももっと徹底すべきである。
    2012年1月25日水曜日: 大学の秋入学 - もっと大胆に改革したらどうか
  8. ノーベル賞偏重もおかしい。
    2012年1月12日木曜日: ノーベル賞は所詮- 理学者救済の賞と考えるべき
  9. ビジネスに関しても、既得権重視で乗り遅れる。何が強みか理解していない。見直しもない。
    2012年5月1日火曜日: インターネット時代で勝つチャンスだ
  10. 競争力として一番大切なのは、ハコモノではなく、情報である。私立大学であるStanford大と日本の大学の間でも圧倒的な差がある。

    2012年5月15日火曜日: Stanford大学の充実した図書館

  11. 私立大学でも、米国の大学は寄付によって膨大な資金を集め、正のループを回している。Stanford大は、TCOという5年のファンド(企業や卒業生からの寄付金ファンドの一つ) を$6.2B (78円換算で4,800億円)に増大する。一年あたり、960億円になる。日本の国立大学助成金を86校で平均に分けると、一校あたり年間186億円にしかすぎない。民間活力で、ここまでできるのである。

    2012年5月4日金曜日: 官か民か - 中国化する世界

以下に教育問題を整理しておく。ずるずる書いても読みにくいので、I. 概要 II. 分析 III.補足資料 の3部構成にした。

コメント等あれば是非頂きたい。

教育改革に関する提案)
タイトル: バランスのとれた人間の育成 rev1.02 2012/5/19

I. 概要:
1. 演繹と帰納的教育のバランス
a, 演繹的学習: 学力、知識
b. 帰納的学習: 想像力、洞察力、社会適応能

a. 演繹的学習(規則を学んで応用。東洋的: インド、中国、韓国、日本) - 効率的、広い教養層の育成
b. 帰納的学習(実例から規則を導く。西洋的: 欧米) - 非効率、実社会問題への対応力、多くの脱落者を生む

- 米国の現代の産業 - 帰納的教育に成功した一部の超エリートと、演繹的教育をうけた移民(インド、中国)たちのwhite coloerのコンビネーション(Intel, Apple等)によって成功している。
ないしは、渾然一体となったハッカー集団: Google, Facebook

2. 良き社会人の教育 (家庭教育、初等教育が不十分である以上。大学教育で是正しないと、問題の再循環が発生する)

- 人を思いやる心、マナー、自己責任、義務
- 違い(障害者、弱者、かわりもの) に対する寛容さ
- 先端企業は、若者の感性とリスクを取る姿勢で躍進している。既得権益にしがみつく老人や負け組を保護しても産業は弱体化する。若者にこそ希望とチャンスを与えるべきであり、体制に迎合する老人化した若者を育てては成らない。

3. 教育の低コスト化、ロングテールへの普及、グローバル化
- 大学は研究が最終目的ではなく、研究を通して人を育てるところという意識が必要

II. 分析
1a. 学力、知識 - インド、中国、韓国、日本が得意 - が日本の地位が低下
1.1. 英語力はずっと未達
1.2. 長文読解力の低下
1.3. 近代日本史、世界史、経営論の必修化
1.4 意見を言うための能力: 論理的文章の構築力、端的に明確に、プレゼン力
- 理系・文系というステレオタイプの弊害 - 境界領域こそが重要
- まるで日本ならびに世界情勢・文化・経済を理解していない幹部ビジネスマン
- nativeの語学力に追いつくには大変な努力が必要。単語や文法よりも言葉の概念の差、論理的文章を書く能力の方が重要。- 言葉は通訳でも何とかなるが、最も重要なのは、異文化を理解する能力。日本の常識は世界の非常識ということがきわめて多いが、単一文化に浸り、頭が固いと、それすらも気づかない。若いときからたたき込むのが良い。 

1b. 想像力、洞察力 - 欧米が得意, forbsの億万長者をみても欧米人ばかり。未知の問題を解く能力
1b.1 間違いを恐れない、軌道修正する勇気
1b.2. 情報収集能力、 コミュニケーション能力(現場から情報を引き出す力)
1b.3 議論する能力、反対意見から答えを導き出す能力、2元論からの脱却
1b.4 洞察力 - 権威や実績ではなく、中身を見抜く力。今流行の仕事ではなく、
将来を支える仕事を見抜く。
1b.6 楽しく学ぶ、遊びながら学ぶ、時間を上手に使う、集中力

- 若く柔軟な頭で、いろいろ経験し、失敗することこそが重要。失敗を通して成長する。
過保護よりは、放任の方がよい。先端ベンチャーではどこでも言われている。
- internetやwebがあるのに、直感でのコメントがきわめて多い。
自分で調べて、referenceを書く態度を。自分で実験してみる、計算してみるのも重要
- 日本人はすぐにステレオタイプにはめやすく、権威や固定概念に縛られやすい。 論理的思考が弱く、変化の激しい時代に対応できない。 例) 技術、マネージメント、ビジネスは視点や必要なスキルが違う。 出世ということで相変わらずひとくくりにしている思考停止。
- 世界には全く違った文化があることが、理解できない。 外にでて、肌で感じることこそが、国際化。
- 前提とした仮設が間違っていると、全ての問題解決は不完全になる。
- 米国の教育は、突出した子を伸ばすと同時に、ヘタでもやる気のある子には寛容
- 巷に氾濫する安易なHow To本で満足しないで、現場から本質を学ぶ。
   - だれも気づいていないことにこそ、イノベーションがある。
- 完全な技術は存在せず、前提温故知新で繰り返す事も多い。トレンドの変遷を鋭く見抜き
軌道修正する必要がある。新アイディアだけが革新ではない。<- アカデミズムの多くにおける思考停止。

2. 人間性の確立
2.1 時間管理、健康管理などの自己管理能力、家庭や社会と仕事との両立
2.2 確固たる信念の確立 - 信念を貫く強さと他人に対する寛容。しぶとさと変わり身。
自分に厳しく、他人に優しく
2.3 マナー、相手の身になって考える。 (弱者(障害者、子供、老人、女性) への配慮
2.4 小さな集団の論理から、大きな集団の論理へ
放っておくと、家族、会社など小さな集団の利害を優先する。
国益、新産業など大きな利害を優先しないと、競争には勝っていけない。
3.5平等から公平へ: 平等は差別を伴う。入社時条件、年齢、性別、人種、
信条など。能力に応じた活躍ができる社会を。
ベンチャーが伸びる余地のある流動性を。

- 責任と義務。特に自己責任で動くこと
- よりどころになる自信をつけることが、他人への寛容さにつながる
- けじめ。余暇、遊びから生まれるクリエイティビティ。時間管理能力と集中力。
- 自分の将来を自分で設計し、計画的に自己研鑽する
- 小さい頃から男女の交流を通して、養われる西洋人の人間性と男女隔離する教育との差
- たんなる無責任にすぎないハラキリ文化からの離脱
- 物の見方、怒らない技術。怒った時点で論理的思考は停滞し、交渉に破れる。(戦略として怒ってみせるのは有りであるが。)所詮他人は変えられない、変われるのは自分である。
-「羮に懲りて膾を吹く」のが日本らしさのような気がする。懲りてはいけないところと、反省しないとならないところの、さじ加減がわからなくなっている。自浄能力がなく、違法行為に至ってから、修正することで、産業の発展が遅れることも多い。- 物事をみて喜ぶのも悲しむのも評価する自分がいるからであり、一人称的に決まる。過去は変えられない、未来は変えられる。
- 他人に対して干渉すべきでない、個性の尊重の理解。人格に関するコメントの危険さと、引き起こす議論の無益さ。

3. 教育の低コスト化、ロングテールへの普及、グローバル化
3.1. オンライン大学 - 教育コストをさげるために
3.2. これからのビジネス構築のやりかた - 技術からビジネス設計へ

III. 補足資料
1に関して
- 日本は初等中等教育は大変素晴らしかった。一方、高等教育・大学教育は欧米に比べて大分劣る。

知識量はアジアではどこでも非常に多いが、クリエイティビティとなると欧米には全くかなわない。Forbsにある世界の億万長者番付 http://onforb.es/JWCFoQ でも、初等教育に優れているはずのアジア人はほとんどいない。http://bit.ly/JmZvE0 に書いた、遊びの要素、楽しむ要素が欠如しているのが一番大きい。また、新聞王Harst http://bit.ly/yEXMKj に書いたような信念と異分野への洞察力も欠如している。
本来、ゆとり教育は、この育成に目的があったのではないかと思う。進め方がまずかったので、失敗して、もはやしばらくは、試みられないと思うと残念である。
(すくなくとも、失敗の反省だけはすべきである。)

-- そこまでヒドイの? ケア・テーカーと呼ばれている日本人支社長たち http://nkbp.jp/JfjLxd (これでは、ビジネスで世界に勝てるはずがない。 )以下抜粋。
古い米国人の友人が、日本の大手メーカー米国本社に幹部として転職した。彼の日本人支社長の評価は、ケア・テーカー(Care Taker)。直接的な訳語は、介護ワーカーだがニュアンスとしては、「お手伝いさん」といった感じであろうか。ビジネスパーソンを表する言葉としては、相当にネガティブである。
彼らは君臨しサインをして、日本人同士でつるんで遊び、ロングバケーションを楽しんで帰る。ディナーの話題はタイガーウッズか日本人メジャーリーガーに関することくらい。自国の歴史や文化を正確かつ興味深く説明できず、政治や国際問題について語れないビジネスエクゼクティブなんて、日本以外の先進国では考えられないぞ。この間の話題は原発問題だったが、我々の方がディテールを含め良く理解していたのは、最早ブラックジョークの域だ
重要なのは現代日本の政治経済や社会、それから明治維新以降の近代史であろう。平安や江戸時代の話は、ファンタジーや教養としての意味が有るが、必須科目であるとは思わない。多様性の中で、近代・現代日本の政治経済や社会を語っていくためには、それと世界を対比して行くことが望ましい。アジアや欧米の近代史に日本を対比して語らうことが出来るようになれば、ある程度の評価を得ることが出来る。

- 日本では演繹的な教育を効率化するために、先生を敬えという。
逆に米国では、先生でも上司でもタメ口が普通なので、徹底的に真理に向かって議論をする。クリエイティビティの差はここからも出てくる。答えがあるものの解き方を教えてばかりいると、社会でも一つの答えがあると思ってしまう。軌道修正ができない人が育つ。また、昨今の日本のように、2元論がはびこる。
実際の社会では、正しい答えなどなく、状況に応じて、うまくいくというやり方しか存在しない。妥協・発見・軌道修正が重要になってくる。
ただし、欧米では帰納的教育ばかりやっているので、落ちこぼれが増える。単純な問題解決には、演繹的名知識詰め込みで十分である。米国の成功は、クリエイティブで突出した米国人マネージャと経営者と、優秀なインド人・中国人移民の組み合わせである。IntelにしてもAppleにしてもこの構造であるhttp://bit.ly/uAdBaY に書いた。
日本がこれから目指すべき教育は、演繹的な教育で得られる知識と、帰納的な教育による問題解決能力の両立。個人の受け入れ能力に応じ、この2つをバランスよく組み込むことである。

- 米国でも大学によって差はあるが、日本だとごく一部の大学しか学生がまじめに勉強しないのに対して、米国だと大学の名前よりは実をとる傾向がある。

- iPS細胞の研究で世界的な権威である、京大の山中先生へのインタビューをまとめた著書には以下のようにある。

米国には空港に必ずScientific Americanがある。
(補足: スーパにも必ずある。日本のNewtonも良い雑誌ですが、空港にもない。)
学会で米国に行ったときに、タクシーに乗ると、運転手さんが、
「どこへ行くんだと聞くので、学会だ」というと、「どんな学会だ?」と聞く。
「Stem Cell (幹細胞)の学会だ。」というと、またStem Cellの件で盛り上がる、とあった。人文科学にしろ、自然科学にしろ、科学というものに対する層の厚さ、向かい方が、
日本と米国では全く違う。一つには、やはり日本は、難しい事は、大人物に
お任せしましょう、とか、専門家にお任せしましょうという、甘えが浸透している。専門家も固定概念にどっぷりつかっていて権利志向で、「なにを素人が」という態度。
311後の記者会見のみならず、記者や政治家が、自分では全く勉強せずに、質問・回答するのが目立つているように感じる。
Facebookでのコメントでも、自分では全く調べずに、フィーリングでコメントしている。

- 勉強だけがすべてではない。西洋のエリートは、勉強以外に、公が認める一流なモノをもつ。これ(音楽、スポーツ、ボランティア活動)等がないと、奨学金はもらえない。米国の高校は、そのために、中学校よりも授業の終わる時間が早い。

- 中国のTiger Mother : 幼児のころから、いやがる子供に、なかば暴力的に
習い事(楽器、スポーツ)などをさせる。
一流になってはじめて、本当の楽しさがわかる。と習った子供達の言。
参考: アメリカの「タイガーマザー」論争は日本の教育論議の参考になるのか?


- http://bit.ly/yiXqy2 が示唆に富む。生徒の「賢さ」をほめることの問題は、
教育というものの心理学的なリアリティを誤った形で示すことにある。
それは、「間違いから学ぶ」という最も有益な学習活動を避けさせてしまう。
間違いをおかすことで生じる不愉快な反応を経験しない限り、われわれの
脳が既存のモデルを修正することはない。いつまでも同じ間違いをおかし、
自信を傷つけないために、自らを成長させる機会を逃し続けるのだ。
日本の企業・政府が失敗を隠蔽し、反省しないことが多いのは、この教育の
間違いと、ハラキリ=辞任することが問題解決である。という文化に根ざしている。

- 情報リテラシの向上
http://bit.ly/JF86ZN 虚構新聞の騒動では、今の日本の読む側の情報リテラシの低さが露呈している。タイトルに明確に虚構とかいてあるのにだまされるのは、あまりに低レベル。怒るほうが、どうかしている。世の中では、デマや、振り込めサギ、カルト、などは真実の格好をしてやってくる。この程度のジョークを判断できないようなリテラシの低さこそが問題であり、対策せよは、情報を受ける側に対してこそ言うべきである。自己責任がなく、他人に責任を押しつける体質の弊害を感じる。

- Stanford大では、女性のcomputer science(CS)の学生を増やせという運動が、女性の教員と学生を中心に始まってる。(She++と呼ばれる: http://bit.ly/IjOHtW )
全米の大学では女性のほうが大学性に若干多いのにCSでは女性は18%にとどまる。
AppleやGoogle等の企業でも女性限定で採用し始めている。
Facebookは、女性の比率も33%と、ハイテク企業の平均25%よりも高い。
単に女性が多いことがよいのではなく、女性らしさを発揮してもらいたい。ところが日本だと女性を受け入れる体制も未完成。女性というよりも、男性化した能力を持つ女性になることが優先される。


- 突出した子を伸ばすと同時に、ヘタでもやる気のある子には寛容。
シリコンバレーの公立高校では、音楽の授業で、弦だけのオケが2セットと、ブラス楽団が3つできている。この精鋭によって、フルオーケストラや、マーチングバンドがある。
日本では、音大でも、やっとオケ一つだとか。
別の方はゴルフの腕がプロ級で、試合に大学のスカウトの方が何人か来て、奨学金を得て、UCB(バークレー校)に入学され、今、US Openの予選に行っているとか。
上手な子は、幼稚園、小学校から英才教育をうけており腕はプロ級。

そんな中、高校からバイオリンや楽器を始める子もいて、それでもオケでコンサートに出させてもらえるようで、ヘタでも許容度が極めて高い。そうして途中からでも上手くなる子がいる。音楽でも、仕事でも、勉強でもやりなおしが効くシステム、努力する人に報いるシステムがあることが素晴らしい。。

- 浮世絵にしても、日本画にしても、和食にしても、日本刀にしても、世界レベルの芸術が多くあるのに、ガイジンが理解するまで日本人には注目されない。
これも権威志向で中身を観ないためである。文化が欧米に比べ未熟である。
欧米には、良い芸術を肌で感じるための、無料の美術館が沢山あり、小学校時代から
それを見学し、説明をうけて、良いものに親しんでいる。学校でもプロ級の先生が、芸術の作り方を徹底して教えている。

2 に関して
- 先端企業は、若者の感性、リスクを取る姿勢、失敗の奨励、流動性で躍進している。http://bit.ly/KBmBsa にFacebookについてまとめた。

- 物の見方、怒らない技術。物事をみて喜ぶのも悲しむのも評価する自分がいるからであり、一人称的に決まる。過去は変えられない、未来は変えられる。怒らない技術 http://amzn.to/JFnKEH という本に、良くまとまっている。

- やっかみは、自分に対する自信のなさ。
住環境の違いもあるが、楽器や趣味の腕を披露する機会が沢山ある。ヘタでも絶賛してくれるので、みんな気分を良くして、練習に励む。
日本人だと、やっかみを受けそうで、演奏会とかじゃないと演奏しにくい。
日本は、聞いて論評する人は多いが、自分でやる人が少ない。楽器でも歌でも。。スポーツでも何でそうだが、自分でやってみたことがあるもののほうが、見たり聞いたりしたときの理解も、楽しさも全然違う。権威志向・頭でっかちになる要因がここにもある。

- ハラキリの問題: 分析、反省、対策をし、失敗の知見を残さずに辞任することこそ無責任として糾弾されるべきである。日本は死者にはむち打たないが、世界は死者を糾弾することもある。中国、韓国でもことわざは、(打落水狗 - 水におちた犬は叩け) http://bit.ly/IUFIxV であり、それが現実社会の厳しさである。
-  価値観がやたら一様なところ。それもよくよく考えると根拠がわからない。年齢序列にしてもしかり。今の、日本は弱ったメインバンクの代わりに、欧米の株式市場から資金調達しようとし、バランスシートばかりを気にしている。各社のIR(投資レポート)を欧米とIRと比べれば分かる。経営不調の分析が全く違う。これが技術力に立脚できない日本の弱さに繋がっている。

-「羮に懲りて膾を吹く」自浄能力がなく、違法行為に至ってから、修正し、極端から極端に走る
-- 著作権を無視した企業内の違法ソフト氾濫から、細かすぎるソフト管理。
-- 甘い情報管理から、個人情報保護に対応した、厳しすぎる情報管理
   -- いい加減なコスト管理から、米国会計基準準拠によるバランスシートの過度な重視
など枚挙にいとまがない。

3 に関して
参考) http://bit.ly/HRHNgt に4月にStanford大 Computer Forum Annual Meetingで聞いた関連講演がある。