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本ブログのアクセス統計: 60万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。久しぶりに更新します。

2012年5月4日金曜日

官か民か - 中国化する世界


公共投資をする手段として大きく2つが考えられる。以下の1は2つに細分した。
  1. 官による投資。つまり税金を集めて官が投資する
    • 1.1 民主主義により選挙で選んだ代表者の合議
    • 1.2 合議ではなく、優秀なリーダによる徳治
  2. 民による投資
共産主義は1をめざし、米国が理想とするのは小さな政府による2の民間活力である。これは、イデオロギーの対立とも思える。

日本は自由主義であるが、明治以来官主導の政策が強く、現在は1.1に近いのではと思う。
中華人民共和国など共産国は1.2である。

以下この3つを比較したい。

民間活力を重視する米国)

金が集まれば優秀な先生と学生が世界中から集まる。そして、そこから次の起業家がでる。起業家がまた母校に寄付をする。という正のループが回り始める。いまのグローバルな資本主義の世の中は、結局はカネ次第だという思想。

日本でも外国でも、国や行政は、はっきり言って商売は上手くないし、動きが遅い。国にお願いするとかではなく、民間活力で、教育、新産業の正のスパイラルを回せば良い。

米国は、資本家で大成功した信じられない金持ちが上位におり、彼らは寄付をして大きな税控除をうけている。寄付をすれば、自分の希望するところに税が使えるということにもなる。

例えば、 Stanford大の学内新聞Stanford Daily 201228日号 http://bit.ly/xMPplo によれば、「Stanford大は、TCOという5年のファンドを$6.2B (78円換算で4,800億円)に増大する。うち、$1.5Bで、130人の新たな教員を雇い、$250Mの学部生用の研究ファンドに当てる。もともと、$4.3B( 3,350億円)だったが、寄付で十分まかなえるので、増額したとある。この資金で、また建物を改良していくらしい。」とある。これは基金の一つであり、他にも基金はあると思う。すくなくとも奨学金の原資は別枠である。建物は、ベンチャーの社長がまるまる寄付して、社長の名前のついたものが多い。研究費も一口何千万円オーダで世界中の企業から募っている。産業育成のサイクルが上手く回っているということもあるが、富が一部成功者に集中する、アメリカンドリームの世界も関係しているだろう。ここは活力と格差という表と裏があり難しいところである。

一方、日本のH.24年度(2012年度)の文科省の予算概要 http://bit.ly/J54n5j によれば、私学の経常費助成金は日本全体で3,200億円である。国立大学(大学法人)の運営交付金も日本全体で114百億円とある。これを、86校の国立大学( http://bit.ly/J57BFU 参照)で分けることになる。仮に均等分配した場合(東大とかが多いのはご承知の通りだが)、各校あたり年間186億円。先のStanford大は、TCO基金だけで年間960億円なので、国に頼らなくても十分回っていることがわかる。
 国に頼って、申請が面倒で融通がきかない、いろいろ制約がついた金を、もらうのはばかばかしい。
 http://bit.ly/J57Wsf によれば私立大学は助成金が、日本全体で国立大学の3倍の数になる。総額で国立大学の1/3.5しかない予算を、3倍の数の学校で分け合う。私学こそ、国の力を借りずになんとか回す手立てを考えて欲しい。

中国化する世界)
中国は、もちろん1.2の優秀なリーダによる徳治である。
ところが最近は、日本でも橋本大阪市長や、一昔前は小泉首相のように、カリスマ性をもって、ある種強引にリードしていくリーダが人気を得ている。
これに関して、「中国化する世界」という本がある。

http://hon.bunshun.jp/articles/-/445 に著者インタビューが

http://d.hatena.ne.jp/ta26/20120402 に個人の書評が、

http://amzn.to/HBbLEt がamazon.co.jpの書評である。

歴史的背景)
もともと、世界は農耕民族とモンゴル等にいる騎馬民族の対立があった。この騎馬民族のゲリラ攻撃に耐えるには、中央集権で強大な国家が必要になる。そこで、中国などアジアの中央の騎馬民族に近い国家は中央集権化したということである。

日本も律令制で一旦は中国化しているし、明治維新でも中国化している。しかし、やはり騎馬民族の脅威から遠いので、江戸時代には社会資本共有の分散体制となった。

明治時代には一旦中国化したが、戦後、江戸化し、小泉改革で多少中国化に振れたが、その後また、江戸化に戻ったという解析である。

ヨーロッパも騎馬民族の脅威から遠いので、民主化という形で、非中国化したということである。

大陸と島の違い)
日本、韓国、中国、インド、台湾はアジアの文化であり。勤勉である。
夫婦関係を軸とした西洋と違い、これら東洋では家族が親子関係を軸としているように見える。そのため、親は子供の教育に非常に力を入れる。米国の現地校に多い、中国人やインド人を見ると、時として、過保護とも思えるくらいに、子供の教育に干渉する。
この点では一見似ているように思えるが、やはり大陸と島は違う。
日本人と台湾人は大人しい。が、中国人、インド人、韓国人は、時として西洋人も舌を巻くくらいアグレッシブで自己中心的な側面を見せる。

このためか、台湾人と韓国人はあまり友達になっているのを見たことがないと聞く。ところが、日本人と台湾人も、日本人と韓国人も友達になっている。台湾人に聞いたところ、韓国人はアグレッシブだから合わないということであった。ということは、日本人はとりわけ大人しいということであろう。

中国に駐在する人が、中国人の自己主張の強さには驚くといっていた。おとなしい中国人もいないではないのだが、やっていけるのか端から見ても心配になるそうである。教科書、検定などでの、中国や韓国の猛烈な日本に対する抗議を見てもわかる。

やはり大陸では、常に戦いにさらされて、アグレッシブな文化となったのであろう。

中国化の定義)
上記2番目のリンクの書評にある。
中国化とは 「皇帝以外の身分制や世襲制が撤廃され、移動の自由・営業の自由・職業選択の自由が行き渡り、科挙という形で官吏(支配者層)になり上がる門戸が開放された(男女間の差別は残る)ことだ。結果、世界で最初に「自由」と「機会の平等」が達成された。

但し、苛烈な競争社会が出来上がり、振り落とされる者が大量に出てくるから、その保険として、「宗族」という父兄血縁のネットワーク( 同族間の相互扶助の仕組み)が宋代に完成することになる。

また、経済的には自由化が実現されるが、皇帝に権力が集中し、さらにその皇帝が権威を儒教思想=普遍主義的なイデオロギーによって正当化したため、政治的な正しさと道徳的な正しさが同一視される。その皇帝が行う科挙で選抜された官僚は、政治権力・知性・人間性ともすべておいて正しいことが建前になる。」と、まさに明治時代の理想になる。

江戸化の定義)
江戸化は、まさにこの反対であり、ムラ(会社内組合)とイエ(男性の職業固定、終身雇用)の論理が、優先され、移動や、貨幣経済の自由は、かなり制限される。
差別が残り、優秀な官僚による支配を否定し、終身雇用、非競争社会である。江戸時代は変化に乏しいが、平和で安定的で、日本人の気質にも合っていたということである。

それにしても、日本人は江戸化が好きなようである。持続可能な社会を目指すのはともかく、成長しない社会が良いという意見も良く聞く。争うくらいなら、移動もせず、非競争が良いということであろうか。。それなのに、受験勉強で激しく争いあっているのは、どうしてなのだろうか。これも本来の希望の姿ではないので、争わない世界に移っていくのだろうか。。世界は、大競争の弱肉強食の時代に入っており、発展途上国もこれに加わってくる、その中で、日本だけ江戸化して大丈夫かどうか、じっくり考えた方が良い。

明治維新と昭和維新)
明治維新は天皇集権の中央集権国家に戻し、日本は非常に過酷な競争社会になる。ところが、この明治維新の厳しい社会は平均的な日本人にとって極めて苦手で生きづらい社会であったとのこと。
そこで、昭和に軍国主義という名の、軍隊による社会主義をつくりあげた。先の本の著者は、いわゆる社会主義のうち江戸時代の伝統にそわない部分は徹底的に排除されたが、江戸時代と適合的な部分は全面的に採用されたと指摘する。

そして、江戸時代 - 昭和軍国主義 - 高度成長と一連に連なる、社会主義的な日本の江戸的な性格が見えてくるというのである。

日本はどうするのか)
選択肢は3つある。1.1 このまま江戸化でいく、1.2 中国化する、2 民間活力でいく。
今の日本は、もはや江戸化では対応できないという状況であろう。


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