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本ブログのアクセス統計: 50万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

50万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。

2011年12月31日土曜日

本当の教育者、本当のプロとは

Stanford大での私のアドバイザ John Ousterhout教授は、教えるプロだなと感心しています。
今後補充しますが、まずとっかかりだけ。

Prof. John Ousterhout) http://www.stanford.edu/~ouster/cgi-bin/home.php
     http://en.wikipedia.org/wiki/John_Ousterhout
かれは、私が学生で研究室にいて分散OSを研究していたころ、同じUCBで分散OS Spriteを研究していました。
また、VMware ( http://ja.wikipedia.org/wiki/VMware )の共同創立者 Mendel Rosemblum准教授の指導教官でもあります。
Prof. Mendel Rosemblum)  http://soe.stanford.edu/research/layout.php?sunetid=mendel
      http://en.wikipedia.org/wiki/Mendel_Rosenblum
Mendelは、Johnが構想をもっていたが、だれも実装できなかったLog structured file systemを世界で最初に実装・評価して博士論文をとっています。Log structured file systemは、その後、Linuxの1つのオプションとして採用され、Googleのなどでも広く使われているようです。

JohnもMendelもいつもmeetingで顔を合わせていますが、偉ぶることはなく技術に真摯で気さくです。

クリスマスランチで、たまたまMendelの隣に座って、VMwareの創業話を聞いたのですが、普段聞けない話が満載で面白かったです。話をしたMendelも、楽しかったようでした。社長をやっていた、奥さんのDianeも交えて今度話を聞きたいです。ちなみにMendelによると、VMwareは、2000年代(1990年代かもしれませんが。。)に世界で最も急成長した企業らしく、Forbes誌にも特集されたようです。

最初に関連記事を紹介しておく)
  1. 日本の米国とで、発言の考え方も違う。以下に書いた。
    2011年12月12日月曜日: 沈黙と発言: 日本と米国を比べると 知識と発言の価値)
  2. どうように会議に対する考え方も違う。以下に書いた。

    2011年11月29日火曜日: 日本と米国の会議の違い

教育者)
学生にどんなに嫌われようが徹底的に問題を指摘する。学会発表練習でも決して妥協しない。そして絶対に答えは与えないで、学生に考えさせる。頭が良いのか、言っていることは終始一貫しているし、前に何を自分がコメントしたのかちゃんと覚えている。行き当たりばったりということはない。

PhD学生でも居室に戻ると、「あんなに、徹底的に言わなくても良い。スライド毎に主張点をいえだって。。」とののしり言葉満載で不満を言っていることもある。
会議中に、「俺は、みんなから嫌われている。教え子のMendel Rosemblum (Stanford大准教授, 大ベンチャー VMWareのCofounder)にだって嫌われているだろう(Mendelは、この日は欠席していた)。」といっていたのが、印象深い。

サービス)
 そのくせ、論文リファインのためのwebを立ち上げたり、定例会議の予定を調整し会議室を取ったりと、サービス業務は全部自分でこなす。 

現役プログラマ)
TCL/TKの開発者だけあって、55歳近くなっても現役のプログラマだし、新しい言語にも興味がありPythonとかgitとかを自在に使いこなす。windowsのなんやら怪しいEditorとかvisual C++にも詳しい。Unixを重用し、MSのツールを馬鹿にする研究者も多い中、異色に感じる。
C++を開発に使っているが、C++は言語仕様がいい加減で、すぐにメモリーリークしたり性能が落ちる。そこで、可読性をあげ、バグを防ぐための詳細なデザインガイドラインも全部自分で記述したようである。

技術に対して真摯な姿勢)
議論の際には、だれの意見であろうが真摯に耳を傾ける。分からないときは分からないというし、納得がいかなければ納得がいくまで議論し、納得がいった途端、素直に合意する。

論文や技術に対する考え方)
学会発表に関する考え方も興味深い。自分の考えを世に問うとかいうありかたもよく聞くが、Johnのは違う。学生もJohnもいろいろなアイディアを持っているので、独自の基準で絞り込んでいる。それは、「発表を聞いた人が、これは有益だと感心し、自分の分野にも役立つような、ある種汎用性をもったアイディアであること」を基準に選別している。5%クラブといわれる性能向上合戦よりも、その技術の持つ可能性を基準にしているように思う。

LPUには反対)
Prof. John Ousterhoutは、研究のための研究が嫌いである。日本と同じように、米国の大学にも、博士課程を取得するのに、何件の論文発表が必要という概念、LPU(Least Published Unit: 必要文献数 http://bit.ly/PyHR9x )という概念があるが、これが、研究を目先のつまらないものにしていると主張し、学会や会議でもコレを主張し続けている。

彼の主張は一貫していて、博士課程の学生には、研究成果と博士論文さえ充実していれば、発表論文数ゼロでも博士をとらせると主張している。幸い、論文数ゼロの学生はおらず、著名学会に毎年1件は発表しているが、日本の大学のようにしっかりとしたジャーナルには発表していない。日本の大学で、発表論文ゼロでも博士を取らせるという主張の先生は聞いたことがなく、みな、事務屋のように、xx発表何件、ジャーナル何件が必要と言っているように思う。

結果としてなのか、日本のアーキテクチャ系の学会では、重箱の隅を突っついたような、何の役に立つのか分からない発表が多い。国際学会でも同様な傾向だが、そのレベルに全く至っていないものも多い。

学会発表資料に対する考え方)
  1. スライドの各ページには、それぞれ一つの主張点があるべき
  2. スライド1ページにごちゃごちゃ詰め込むのはダメだが、逆に前のスライドを覚えていないと意味が分からないのもダメ。観客は、そんなに記憶していてくれない
  3. 余計なイントロはいらない。話す方としては軽いノリのイントロが会った方がよいので、のっけから重たいスライドを持ってこられると話しにくい。学生も結構困っている
  4. 各ページのタイトルは、そのスライドでの主張を端的に表したものでないとならない。概念ではダメ。たとえば、"Graph"なんてタイトルは論外。Graphっていうのは見れば分かるので何の情報にもならない
  5. Conclusionで"Future Work"というのは話にならない。論文での検討が完結していないのを物語っているだけ
  6. スライドの流れにはストーリがあるべき。前のスライドをみて、次のスライドはこれが来るな.. と流れが見えるくらいでよろしい
  7. 聞き手を混乱させるようなデータを出すな。予想通り行かないデータでも価値はあるが
と、全般的に聞き手に対する配慮が感じられる。

一方、

2012年9月23日日曜日: 悪いパワポの例


に、スライドがどうして悪いとされるのか解析してみた。日本の企業で好む人もいるようであるが。。

Steve Jobsの「驚異のプレゼン」は、あくまで製品発表のためのインパクトのあるプレゼンであって、私は、学会発表のためのプレゼンは目的が違う為、違う形式になってしかるべきだと思っている。とはいえ、日本の政治家の演説には納得できないところも多い。以下に書いた。



誰の意見にも耳を傾ける)
とにかく、人の意見に耳を貸さなくなった時点で、その人はプロとは言えないと思う。
「権威」といいだすのは、耳を貸さなくなることの始まりである。

米国の記者はfeedbackの為に、自分のメイルアドレスを必ず記事に添付する。
が、日本では、記者の名前は表にでない。偉い方のコメントなども言いっ放し、間違いや疑問があってもフィードバックの手段がない。facebook等でのコメントでも、ほめる声ばかりなので、それが普通だと思っているのか、批判や誤りの指摘に対して耳を貸す例をあまりみたことはない。人間なので誤りがあるのは当然なのだが、自分は絶対誤りを起こさないと、思いこんでいるのだとしたら恐ろしい。
おそらくは、時間がとれなくて対応できないのであろうが、耳を貸す時間が取れなくなった時点、フィードバックに反応できなくなった時点で、クリエイティビティなど生まれてこないように思う。

そういう点で、世の中には、エセ・プロの如何に多いことか。。

日本の美徳)
儒教文化なのか、日本の教育システムでは、教える側は高い理想を持ち、研鑽する。
学ぶ側は、生徒として先生を尊敬する。これは、教師と生徒が対等に近い欧米では存在しないように思う。

この結果、演繹的な知識習得の効率は高く、特に理科教育がきわめて優れている。往々にして議論が欠けるので、帰納的なディベートは若干おざなりになってきたと思う。もちろんこれも教師がそれを取り込めば、日本システムのほうが美味くまわる。以下にもまとめた。
2011年10月16日日曜日: 欧米と日本の文化の違い
いずれにしろ、このおかげで基本学力が高く維持できてきたので、良いところを伸ばしていけば良い。昨今は、教師を理想とする人も減り、またモンスターペアレントの出現等で、教師の裁量が減りつつあるのが若干気がかりである。親が学校に口を出しすぎるのは、欧米の悪い面の輸入ではないかと思う。米国は口も出す悪い面もあるが、親がアシスタントとかボランティアで学校の教育に協力するのが、本来の狙いだと思っている。

日米の違いは以下にも整理した。日本人は技術力にすぐれ、とりわけ勤勉なので、悪いところを改め、良いところを伸ばせば、絶対に負けない。ところが、悪いところをマネして、良いところを失うことの方が簡単なので、気をつけないと、往々にしてそうなる。
2011年11月23日水曜日: 大変優れた日本のサービス、日米の違いの整理
Steve Jobsは)
 Stanford大から学位を授与されたときの有名な演説でこう語ってる。
「6ヶ月後、私はそこ(大学)に価値を見出せなくなっていました。私は、自分が人生において何をしたいのか、それを見つけるために大学が何の役に立つのか、まったく分かりませんでした。」 中略
「退学は人生で最良の決断であった」
大学がプロ、学問がプロというのは、偏った考え方かも知れない。
演説の原文と全訳は以下。

http://www.h-yamaguchi.net/2006/07/jobs_2f1c.html

Jobsの凄いのは、点を線に繋げる能力。中退を決めたので自由に科目が選べた、そこで、カリグラフィ(西洋書道)を選択し、それがMacのフォントに繋がっている。
また、Appleを追い出されて作ったNext Stepで開発した、Objective-CとGUI環境 Carbonが、Mac OSやiOSの環境に脈々と繋がっている。
賢い学者でも、点を線に繋げる能力はなかなか難しい。

ほかにも、一つに絞る能力ともいわれています。Apple本社を建てたときにJobsが注目したのは、コミュニケーションを活性化するために、建物を何階にするかであり、結果4階建てにした。とか。。八方美人ではうまくいかない今の世の中にマッチしていると思います。それもあって、Mac, iPhone, iPadを嫌う人も居ますが、適材適所でも良いのでは。。

基本的な考え方)
自己責任-一人称で)
ただ、「師とあがめるのが当然」と、他人に責任を押しつけると、退廃の原因になる。生徒の方も気分が悪い。「師とあがめられる人間になる」と、一人称的に考えた方が良いと思う。何事もそうだが、他人は変えられない。変えられるのは自分だけである。

これは、「怒らない技術」http://amzn.to/s2Qta8 という本にも書かれている。この本の書評は賛否両論だが、何が良著か何がオリジナルかという価値観の違いのように感じる。私はオリジナルであることよりも、利用価値のある情報に価値を見出すので、有用な情報が整理されているこの本を良著と考える。役に立たなければオリジナリティがあっても、ゴミ同然と考える。

とにかく人の上に立つ人が怒るようでは失格であろう。

流動することこそが善)
一つの世界に居ると人間はかなりの確率で退廃する。同じ価値観の中にいてもそう。社会主義がダメになったのも一党独裁だからだと思っている。

米国が米国is number oneの思想で退廃しているのも広い意味で同じ。

学問の世界でも大学に閉じこもれば同じことがおきる。米国が健全なのは、大学の先生の多くが、企業と大学を行き来すること。Stanford大でも研究休暇(サバティカル)中に企業のCTOをやる先生がいる。MITからやってきた、コンピュータとコンピュータ通信の世界的権威Bill Dally教授は、研究休暇中にNvidiaのCTOをやり現在は復帰したし、Christos Kozyrakis准教授は、研究休暇中の現在Googleにいる。Bill Dallyは、サバティカル中にも学生の指導が必要だと週2日無給でStanford大にきて学生を指導していたそうである。
 日本の先生も、研究休暇を活用できるよう、企業が受け入れ枠を作ればよいと思うし、だめなら、米国の企業で研究休暇を過ごしたらどうであろうか。。。

また競合企業間でも人が行き来すること。intelとAMDとか。政権が変わると官僚の多くも入れ替わるらしい。とかく社員が辞めると「あいつは面倒を見てやったのに」とかなるし、辞める方もあまりごちゃごちゃしない大学に行ったりするが、それは了見が狭い。他社にいって、広い視野から個人の能力を伸ばし、その人が帰ってきてくれることこそ、自社の躍進に繋がる。集合知として考える必要がある。

 日本が古い殻から抜け出し、躍進するには、この流動性が必要に思う。
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