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本ブログのアクセス統計: 50万アクセスを達成しました。ご訪問ありがとうございました。

50万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。

2011年12月29日木曜日

旧日本軍の問題

ムラ社会で仲間内の失敗をかばう。情報戦に疎い。など今のダメな企業の問題は、旧日本軍から続いているようです。

 http://bit.ly/s96EcV の解析が興味深いです。
 日本軍にひどい目にあった中国出身の方に、「日本軍という軍隊は戦闘するようには組織されて無かったという結論に達しました。これで日本に対する90%の感謝と10%の憎悪が99%の感謝と1%の哀れみに変化しました。」といわれるようじゃ、情けないですね。
以下に転載しておきます。
私は在日44年の帰化人です。  
日本の軍隊についてアマチュア研究してまいりましたが日本軍という
軍隊は戦闘するようには組織されて無かったという結論に達しました。これで日本に対する90%の感謝と10%の憎悪が99%の感謝と1%の哀れみに変化しました。 
1.周波数が陸海軍で異なる。2.弾薬に共通性が無く同じ口径の銃砲でも互換性が無い。3.戦略に共通性が無い。4.対潜水艦戦に対する認識が甘い。Uボートの活躍は判ってたはず。5.運の悪い指揮官の重用。敗北を喫した指揮官を解任しない。6.英語の使用教育を禁止。7.陸軍航空兵に洋上飛行教育をしなかった。8.陸軍の海軍への不信感は陸軍独自の空母、潜水艦の保有となり役割分担が崩壊した。9.もう情けなくなりましたのでこれ以上はやめときます。 
結論は日本に戦うなんて気持ちは無かったという事です。あの戦争に日本が巻き込まれたのは歴史の魔性というものでしょう。実は中国軍にも似たようなエピソードが沢山あります。中越戦争でなぜ中国軍が敗北したか。北京語を解さない広東軍区の指揮官対米戦で近代戦を学んだ越軍に対して旧態依然の中国軍の戦法あの敗戦は中国人にとっては屈辱でした。その前には中台航空戦で中国は敗れました。日本と中国は欠点も似てると思います。長所は経済戦には強いという事ですか。私の分析に間違いや誤解はありますでしょうか。
ベストアンサー
日本軍など存在しなかったということです。存在したのは陸軍省と海軍省だけでした。 
それぞれ閉じた村社会で、相互に人的交流はありません。陸軍将校は、陸軍省が作った入試に合格し、陸軍省が建てた学校に通い、陸軍省が作った教科書を用い、陸軍将校の教官に教わった人間しか成れないのです。それは海軍もほぼ同様。完全に閉じていて外部の有識者の関与もチェックもどこにも入る余地が無いのです。専門的な知識を習得させるには効率的だったかも知れないが、逆に言うと極めて視野の狭い偏った人材しか育たないということなのです。 
日本軍があったというのは完全な幻想です。陸軍省と海軍省があっただけです。陸軍将校には海軍のことは分からないし、海軍将校には陸軍のことは分かりません。完全、縦割りの村社会だからです。 
戦前の日本にとって軍事は公共事業と同じ意味だったのです。陸軍省、海軍省は農村の若者にとっては夢の出世コースだったのです。 
戦前は都市部と農村部で大きな社会格差がありました。電線、電信、鉄道、上下水道、道路の整備は都市部から始まっていて、農村部でははなはだしく遅れました。ヨーロッパでは古代ローマ帝国が道路網を舗装していたのに対し、日本は明治時代からなので、2000年遅れていたのも同然です。それぐらい遅れていたのだから戦後になっても農村部では道路整備が必要だったのは当然のことなのです。 
現代人は軍人が特別な職業であるかのように思い込んでいるが、戦前は違います。中央官僚の一つだっただけです。外務省や経済産業省と同じです。省利省益が最優先。責任うやむやで仲間を庇う。陸軍大臣は陸軍省出身で選挙を経ているわけでもない。海軍大臣も同様。外部の有識者の関与もチェックもどこにも入る余地が無いのです。
以上の事情や背景によって、質問者さんが指摘したような事態に至ったわけなのです。 
ANo.1
剣道の話にこんなのがあります。「勝ちに不思議の勝ちあり。 負けに不思議の負けなし」
負ける時は、負けるべくして負ける、ということです。
日露戦争の時は、当時世界最強だった英国を味方につけ、開戦と同時に、ルーズベルトに仲裁の工作を行い、レーニンの社会主義革命に多大の資金援助をする、などやるべきことは、総てやってきました。 
それが大東亜戦争の時は・・・。
御指摘の通り、日本は米国とやる気はなかったのです。しかし、ABCD包囲網を敷かれ、今までの日米交渉を総て反故にしたハルノートを突きつけられ、遂に戦争に踏み切りました。「あんなことをされたら、モナコのような小国でも 武器を取って立ち上がっただろう」
相手がどうしても戦争をやりたい時は、戦争をやらないことは難しい、ということはイラク戦争を見ても判るでしょう。
米国はどうしても戦争をやりたかったのです。あの大不況で、株価は1/10に、失業率は30%を超えました。社会主義革命の足音がヒタヒタと聞こえてきます。
ニューデールなど色々な手を打ちましたが、効果はでません。戦争をやる他なかったのです。あの戦争のお陰で、米国経済は危機を脱し、見事に復活しました。
ANo.2には、「官僚は中国でも諸悪の根源です」とあります。
そんな官僚なら、いりませ〜〜ん。 

日本の技術者や窓口担当者はとても優秀だと思うし、世界の中でもとりわけて勤勉。また、いまは少しずつ失われつつありますが、他人を思いやる=人のいうことを素直に聞ける。そういう大変優れた特徴のある日本人が世界で今一歩勝てないのは、上記のようなムラ社会的なシステムづくりにあるように思います。 

失敗の本質 http://bit.ly/unvPgk でも福島の原発事故対応には同じ遺伝子が流れていると分析しています。

 でも、これだけ明確な原因があるなら、立ち直るのは簡単でしょうね。
とにかく自分自身をもっともっと分析するべきだと思います。

以下にも日本の情報戦に対する弱さを考察してみました。


2011年12月31日土曜日: 本当の教育者、本当のプロとは

 日本の権威ある方という人の発言では、自分の考えを言いっ放しだったり、単にどこぞの記事を引用しただけで、底の浅いものが散見される。
記事を探して引用するだけなら、誰でも出来る。複数の記事や関連情報をまとめるから価値がある。たとえば、司馬遼太郎は、一遍の歴史小説を書くためにトラック一杯の本を読んだそうです。こういう方が増えると嬉しいですね。

また、情報というのは聞き手のために書くモノ。聞き手に役立つ情報があってしかるべきもの。自分のご自慢のつぶやきとか、別に何の変哲もない食事の写真やつぶやきが聞き手にどう意味があるのでしょうね。多少は役立つかもしれませんが。
そういう意味でFacebookとかも、家族の近況を流すWallと、もう少し疎遠な人に情報を提供するWallが分けられれば良いと思います。Google+ならできるので、Facebookにもそのうち導入されるかも知れません。
これらもまとめて、blog記事似したいと思います。

2011年11月15日火曜日:時代遅れのプレゼンテクニックの日本の政治家たち


2011年11月18日金曜日: 進んだアメリカの電子環境






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