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60万アクセスまでの経過

2009年12月に始めた本blog。2011年7月ごろに10万アクセスを達成し、2011年12月13日には15万アクセスを達成。
その後、私も更新しておらず、アクセスは少し減りましたが、3月1日には18万アクセス。2012/4/18に20万アクセス、2012/8/21に25万アクセス、2013/1/18に30万アクセス、2013/12/17に40万アクセスを達成しました。しばらく見ていなかったら、2015/5/1に50万2584アクセスになっていました。またまた、しばらく更新しないうちに、2017/6/11に60万7197アクセスになっていました。2018/7/7 .. おお七夕 .. には63万0656アクセスになっていました。久しぶりに更新しました。
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2013年5月6日月曜日

Stanford大学の授業

Visiting Scholarは聴講(Audit) と授業が受講できる。Stanford大のComputer Scienceの講義を受講している。

講義の内容は別途書くが、さすが、世界でも一流のStanford大学だという感じがする。
今回、受講しているのは指導教官であるProf. John OusterhoutのCS142 ( Web Applications ) である。

Prof. Johnの授業は、厳しいと定評があるらしく、今期はでていないが、Operationg systemの授業では、OSのコードのデバッグをするらしい。。

最も見識深いのが、Johnの授業のThe thought for the weekend. である。これらは以下に書いた。

2013年5月6日月曜日: The thought for the weekend - Stanford大CS142より



Computer Science (CS)の授業とは)
http://www-cs.stanford.edu/courses にあるように、授業は、CS xyz (xyzは数字)とよばれ、100の桁が1のものは学部生初級、2のものが学部上級ないしは院初級。というようにランク付けされている。

講義 CS142 (Web Application) の概要)
 Stanford大は、4半期制(Quater)なので、Spring Quater は4月に始まり6月で終わる。5/8頃に中間試験(mid term) がある。授業は、週3回 x 50分。週2回 x 1時間30分、週1回 x 3時間の3種類があり、先生が選んでいる。

今年の春は、12:15分から13:05という、これまたお食事タイムになっているが、400人の定員から漏れる学生がでていて1ヶ月経ったが、教室はいまだにほぼ満席である。

(それにしても、教室は、冷房が効きすぎで、長袖にジャケットでも、やたら寒い。米国人は、Tシャツ一枚に短パン、ビーサンだが。。)

四半期maxで22単位とれるらしく、学生によってはスケジュールがびっしり。試験の時間がとれないので、授業中にアンケートをとって、3日 x 3つのタイムスロットから決めたが、夜の20時から試験というスケジュールになっている。当然、早朝の試験とかもあるだろう。。

で内容や資料は公開されている。

先生も準備)
Prof. John Ousterhoutは、指導教官なので、研究室のランチミーティングで授業の準備の話しが時々出る。この授業に供えて、かれは、講義ノートと内容を見直している。

そして、
  1. 教室には10分前にはきて、黒板が消えているか確認し、PCを起動し、マイクを確認し、講義ノートにざっと目を通す
  2. 講義中も時々講義ノートを確認する。ときどき、間違えて飛ばして、戻ることもある。
  3. The thought for the weekendという、蛇足の話しでも、かなり詳細な授業ノートを書いてきていて、目を通しながら説明をしている。
  4. 毎週金曜の午後にTA(Teaching Assistant)の学生らと、会議室で授業の打ち合わせをしている。
つまり、400人もの前途が期待される学生に授業をするのだから、いい加減ではいけないという、プロ意識なのだろう。。

教育は、次の世代の人を育てるものであり、一番大切な職業である。プロ意識のある教育者が増えれば、それを受け継いだ教育者が育ち国は強くなる。逆になれば、負のスパイラルに陥る。以下にも書いたが、どうも日本の政府は勘違いしているように思えてならない。


とても速い授業の展開)

授業の進みはとんでもなく早い。
http://www.stanford.edu/~ouster/cgi-bin/cs142-spring13/lectures.php にあるように、
  1. 1週目) HTML, CSS - ここで、Project1の課題が出題。
    http://www.stanford.edu/~ouster/cgi-bin/cs142-spring13/projects.php に、内容有り。採点まで全部書かれている。課題2のCSSでtabを作るというのが難問。
  2. 2週目) URLとLink, Ruby - まつもとゆきひろ 氏が作成したRubyは米国でも人気。Prof. Johnも絶賛している。ここで、Project2の課題が出題。最初の問題から、授業で習ったことだけでは、解けない。自分で調べないとダメ。まず、所定のRubyを自分でマシンにインストールしないと話しにならない。。
     (MacへのRubyのインストールで、ちょっとはまった。。)
  3. 3週目) RailsとSQL 。ここで、Project3の課題が出題。Railsもインストールして自分出実験して提出。
  4. 4週目) SQL, Active Record, Cookies, Forms
  5. 5週目) Javascript - Javascriptは、もともとsunでは、Livescriptと呼ばれていたもので、Javaとは完全に別物という説明から入った。変数は型がないし、objectの作り方も全く違う。
  6. その他、Web Security -- Same Originなどによる対策法と攻撃と対策の進化、現状のデータセンターとMemcached、教授が進めているRAMCloudプロジェクトの紹介。
Java, Webは当たり前)
授業中、Prof. Johnは、何度もこう言う。「web pageを作ったり、Javascriptを使うのは、高校生でもできる。そんなことは、トップスクールのStanfordの学生には期待しない。」
「君たちは、(今までのシステムが作られた経緯とそのシステムの長短を理解し)、次の時代のシステムを作れる人間になってほしい。」

日本では、大学ですら、今の最新技術、それも欧米で誰かが開発したものを教えるのではなかろうか。。それでは、次の技術はでてこない。

また、マスコミやエンジニアも今の最新技術すら使いこなせない人が多いので、「Home pageを作れたり、Javascriptが書ける、高校生をスーパ高校生と賞賛する。」もちろん、励ますのは悪くないが、そこから先が重要なことを、次の世代の学生たちに伝えるのは誰がやるのだろうか。。

授業の姿)
授業では、言語の詳細を教えるのではない。私が理解するに、それは、大学生なら本を買うなり、webを引けば自習できるから。HTMLについては、引用すべきURLや文献がwebに乗っている。それができないレベルの学生はStanfordには、そぐわないということだろう。

授業で教えるのは、以下のポイントである。
  1. 技術発展の歴史
  2. なぜ、その技術が必要になったか。例えば、RubyとかRails
  3. それらの長所と課題
つまり、教科書やwebでは、なかなか得られない知識に絞って教える。
まさに、以下に書いた内容の実践である。

2013年2月5日火曜日: 米国の理科教育


そして、それらは、スライドではなく、黒板に板書していく。

ひとしきり説明すると、質問をとるが、大体数件は会場から質問がでる。一日の授業で30件は出る。先生も答えられないようなものもでる。

また、会場にはMr. Javascriptと呼ばれる学生もいて、先生も時々彼に答えを教えてもらう。経験者や一度会社に勤めてから戻る学生もいるので、レベルはまちまちである。

その後、PCの画面を使って,実際に実験してみせる。学生たちも、Mac(PCはあまりいない。Prof. JohnはPCだが。。)を持っているので、その場で実験ができる。

まとめると、
  1. 概要は、webに、シラバス(授業の進め方)、スライド、説明文書、project(課題)が掲載されている。課題には必要なツールを自分のPC/Macにインストールするやりかたがでている。
  2. 板書(歴史、必要性、言語の得失)
  3. 先生のPCで実験する画面をスクリーンに映す
  4. 質疑
  5. いくつかこれを繰り返し
  6. Administrative talk (業務報告)
  7. また、1-5の繰り返し
の具合である。授業の中間で、中間試験の日程とか課題の締め切りとかに関する事務報告をやる。


こうやって毎度板書していく

CS142の教室の風景
CSSとHTMLの関係をソースをいじりながら実践してみせている様子。
学生から質問がでると、実際にやって試してくれるので分かりやすい。


日本との違い)
手取り足取りは教えない。教科書やwebでは分からないところを教え、質疑をするのが授業。課題をやるには、内容が足らないので自分で調べないとダメ。

とはいっても、結構、初歩的な質問がでるが学生も物怖じすることもないし、先生も丁寧に答えている。つまり、知識ではなく学ぶやり方を教えている。

それを大学で教えられるか、やはり知識を教えるに留まるか。。
日本は、高校までは教育レベルが高いというが、大学であっという間に米国に抜かれるという。この差が、こういうところにあるのではなかろうか。。

日本の大学の先生は、海外の大学への留学経験があるはずであり、分かっているはずである。文科省の役人が分かっていないのか、今の米国が昔とは変わってしまっているのか、昔の留学のことは忘れてしまったのか。。

学ぶ方法を教える)
学ぶ方法を教えるのが教師である。学ぶ方法さえ分かってしまえば、あとは独学で良い。特に最近はInternetもあり先進国には書籍も沢山ある。

CS142では)
静的HTML → CSS → CGI → 第一世代Dynamic web → 第二世代Dynamic webという流れとそれぞれの長短。その解決の歴史を教えた。

Rubyの時にも、Rubyの良さとして、1) 全てがobject, 2) メタプログラミング 3) blockとiterator を最初に説明し、その価値の説明に時間を割いた。

その結果、dynamic webとしてjavascriptとその利点(極めてシンプルであること) と課題(デフォルトで変数がglobal変数というのが一番の課題) を説明したときには、なぜ、javascriptなのかという質問が会場からでてきた。これは、現在、多くのブラウザがサポートしているのはjavascriptしかないので、というのが一番分かりやすい答え。。

日本だと)
日本だと、知識=結果を教える教育になる。この結果なのか、「流行っているから」とか、「みんなが良いといっているから」という価値判断軸だけで行動する人間が増えているように思う。

当然、評価が定まっていない新しいものに対して、良いのか悪いのか判断できず、判断できる人がいる諸外国の後塵を拝することになる。。

巷では、村上春樹の小説が流行ったり、一頃前には、フェルメールの真珠の首飾りの少女の展示に観客が殺到したり。。一般人なら流行に乗るのも分かるが、知識人といわれる人でも、そういうミーハーな動きをしている。
音楽の趣味もそうであって、「なぜ、その曲がよいのでしょう?」「なぜ、その演奏家が上手いのでしょう?」「どういう音が良い音なのですか?」と聞いても、説明が返ってこないことが多い。たぶん、「良いと言われているから」が答えなのかも。。

それでは、自分で新しいものは生み出せない。屁理屈でもいいので、自分が納得のいく、説明を付ける習慣が必要なのでは。。

欧米だと)
また、欧米で、「どうして好きなの?」と聞かれたときに、「流行っているから」「とか、評判がいいから」などと答えていたら、知識人としては、相手にしてもらえない。自分の判断基準をもっていないからである。
「xx氏が、良いと言っているから」などと、答えれば、「xx氏の意見じゃない、君の意見を聞いているんだ。」と返ってきて、聞きかじったxx氏の評論を語ったりすれば、突っ込みが入って答えが返せなくなる恐れもある。。

判断をするためには、知識が必要である。いわゆる、リテラシと呼ばれる教育である。が、それは、困難な状況・新しい状況を判断して対処する技術を獲得するための部品にすぎない。部品だけを獲得して終わりにしてしまっては、高等教育としては不十分に思う。

若者達への期待)
年寄り達はもはや変われないので、若い人たちが変わっていくことに期待している。そのためには、柔軟な理解力がある若いうちにどんどん世界にでて、井の中の蛙の日本とは違った世界があることを体験してもらいたい。。

年寄りが海外にでても、もはや固定概念の小さな穴からしか見られないことが多いようで、本質的に理解したような感想は、あまり聞くことはない。。

中間試験)
5/3日の授業で、Administrative で、中間試験(mid term)の説明をした。
  1. ノートでも印刷でも、2枚まで持ち込み可能。ただし、肉眼で読める文字の大きさであること。
  2. 授業と課題をこなしていれば、暗記は不要な内容
  3. 出題の範囲は、先週のrailsの後、今週のFormsの前まで
  4. もしも、習ってない内容がでたら、会場にいるTA(Teaching assistant)に質問すればよい
その後質問がでて、そこで、前の席の白人の学生が、手を上げて質問するかと思いきや、
「I will announce today is Megan's birthday!!」 とのこと。

Prof. Johnは黒板にMegan という文字と、そこへ矢印を書いて、みんなで、Happy birthday to youの合唱。400人の教室である。。
ふざけているといえば、それまでだが、合唱が終わると直ぐに授業に戻る。ま、学部生なので、一番最初の授業の開始のときは、しばらくざわざわしていることもあるが。。

Databaseの大御所、Prof. Hector http://stanford.io/TdHDFd も、授業の途中にJoke timeというのをもうけているらしい。彼の授業は1時間半 x 週2回であり、学生から集中力を高めるために、途中で息抜きをしたらどうか、といわれて導入したらしい。
Hector曰く、「後から学生に会ったとき、学生が覚えているのは、このJokeばかりだけれどね。。また、ポリティカリーに問題のないジョークをいうのは結構難しくて、あとから、あれで良かったかな。。と考えることもあるんだよ。。」とのこと。。Hectorのジョークはいつも大変面白い。。

課題)
課題をいくつか掲載して、回答例を添付しておく。

1. HTML, CSS

2. Ruby

3. Rails

2012年11月8日木曜日

iOSとAndroidの本質的な差

iOSに比べると、Android (グーグル携帯・tablet)はメモリ食いで、遅いと言われている。本質的な差であり、ちゃんとした原因があるので分析したい。

Androidは重い)
そもそもAndroidのアプリの記述は、GC (Garbage collection) がある、Javaである。実行時にコード変換する機能やNativeアプリを動かす機能はあるが、基本的には、ソフトウェアがコードを解釈しながら走るインタプリタである。セキュリティ対策の側面(http://bit.ly/Z2fOkc に紹介がある)、機種依存性をなくすこと、動的型継承などがあるので、CやC++のように、事前にコード変換してしまう高速でメモリを食わないコンパイラにはしにくいと思われる。

そして、GCは重い。

Androidは、アプリ審査(後述)がないので、ソフト的に悪意のソフト(マルウェア)から守らないとならない。ファイルアクセスができない、Javaを使い。DalvikというVirtual Machine (VM)を使って、Sandbox (そのアプリだけの砂場)を作って守っている。

また、iOSは基本的にはSingle taskだが、Androidはマルチタスクに対応して作られている。これが、メモリを大食いにする理由でもあろう。
最も最近のiOSも、画面上には出ていないが、Homeボタンを2度押すとリストが出てくるように、裏でアプリが動き続けている。

http://bit.ly/UwEzRj の図を引用する。汎用のDesktop/Server OSである、Linux (これ自体でかい)のうえに、DalvikというVM(黄色)をおいて、その上にライブラリ(これはiOSでも同じ)があり、JAVAで書かれたアプリが走る仕組みである。

たとえて言えば、Macのうえで、VMware(仮想マシン)を走らせて、その中でwindowsXP走らせて、その中のブラウザの上でJava scriptを走らせるようなものなのであろう。

Androidのソフトウェアスタック
とはいえ、Androidの守りは、JavaとDalvik VMがメインなので、マルウェアに弱いようである。

http://www.anlyznews.com/2010/12/androidiphone.html には、上記をサポートするような数値比較もでている。が、コメントには、それに対する反論もある。

iOSの場合)
iOSアプリの記述は、GCはプログラマが管理するObjective-C。最近GCは入ったが、多分ほとんどのアプリでは使っていない。Objective-Cは、コンパイラなので、Javaのようなインタプリタではなく、何でも出来る。これでは、マルウエアに弱いので、Appleによる審査が入る。おかげで、iOSの上でダイレクトにアプリが走る。上記の図でいえば、赤いOSが軽くて、黄色(つまりVMとインタプリタ)が存在しない。

Application Frameworkも、緑色のライブラリと上手に融合していると思う。

iOSでは、Next Step時代から継承している、BSD系のかなり簡略化されたUnix OSのうえで、Objective-CでコンパイルしたNativeコードが走る。

GUI設計環境X-codeや言語のGUIサポート(View-Controlモデル http://bit.ly/UwFFMW に紹介がある)も良く出来ている。これが、Application Frame Workとライブラリのうまい結合を達成していると思われる。

そういう意味で、Androidは、まだまだこれからともいえる。HardwareやAppleは言語やOS単体ではなく、プログラミングやアプリの作成を含めた生態系として設計しているのである。これが本当の垂直統合である。

そして、iOSは、スマホという環境を考えて徹底的に割り切って作られている。例えば、GCがないこと、グラフィカル表示がシングルタスクであること、OSの特定のAPIしか開放しておらずATOK等のIMEの入れ替えもできないこと、などである。

iOS系に関して、画面解像度への配慮は、以下に書いた。


2012年11月8日木曜日: ちょっと怪しい最近のApple



OSの更新)
従来、ファイルやアプリなどを全て残した状態でOSを更新できた。ところが、iOSは違う。iTunesに繋いでiOSを更新すると、マイナーアップデートであっても、ファイルは消え、一旦、まっさらの状況になる。そして、iTunesからファイルやアプリを転送し直す。

じつはこれが画期的である。iBookの導入時に分かる通り、iTunesはiOSに会わせて常に更新されていく。iTunesが更新されると、母艦となるPC側のデータ構造も変わって、PC側でデータ変換したりする。

PC側で準備しなおすので、iOS装置側では互換性の為の処理が減る。新たなiOSに会わせたデータ形式で転送されるし、iOS側のファイルシステムの構造もいつでも作り替えられる。

つまり、装置としての性能が貧弱なiOS側に従来互換性の制約が減る。ファイルシステムの構造を好きな時に作り替えることも出来る。
これはOS更新としてはかなり画期的な考え方だと思う。

したがって、iOSをMacに持って行くかどうか(そういう主張もたまに聞くが)は、そう単純ではないと思う。

ハードウェアの進化でバランスは変わる)
もちろん、どんなにハードに負荷が掛かろうが、ハードウェアが進歩しアクセラレータができたり、メモリが非常に安くなればバランス点は変わる。が、基本設計の違いは、最後まで性能や、進化のしやすさの差になってついて回る可能性もある。

一番心配なのは、Appleは、大きな利益を背景に、設計者が沢山いるが、Androidの開発リソースはあくまでGoogleが提供し、Androidの基盤としているLinuxはサーバやdesktop用のOSS(Open Source Software)である、Linuxであるところである。

つまり、以下の2つが肝心になるのではと思う。
  1. Samsungなど本当にお金を儲けているところが、十分な開発投資を投入する
  2. Desktop/ServerというLinuxという主流のなかで、端末向けLinuxを正常進化させる
Andoridには自由がある)
Androidには、windowsとMacの違い以上の違いもある。
  1. 多くの会社が作って切磋琢磨している
  2. Androidのソースは基本公開であり、LinuxのようなOpenな世界での進化が期待できる
  3. 規制で守るよりも、自由による様々な試行による進化が期待できる
と、iOSにない良さもあり、やはり競い合うことで、お互いに進化できるのだと思う。

2012年11月8日木曜日:ちょっと怪しい最近のApple


に書いたような、Appleの最近の動きがAndroidつぶしだとすると、ちょっとAppleのやっていることに疑問を感じる。独禁法の関連もあるが、IntelがAMDと競い合って進化したようなほうが望ましいのでは。。


Android端末の現状)
Androidの端末は、SamusungとGoogleが発売しているNexus7が良いらしい。Nexus7はアンドロイドの中でも出色の出来らしい。大画面でcortex A15 http://bit.ly/Uxz1px という最新のプロセッサを持ったNexus10も発表された。Nexusシリーズは、 https://play.google.com/store/devices で仕様が確認でき、購入が出来る。

従来のAndoridや安物機種は、すぐフリーズし、メモリもすぐに不足したとのことだが、AndroidもNexus7で改善したとのこと。ただし、有料アプリが壊れても自己責任。これが、iOSのような高額な有料アプリがでてこず、アプリ市場が充実しない理由かもしれない。

米Burns & Nobleが販売する、電子ブック端末Nook TouchもAndroid端末であり、これにアプリをインストールして試したことがある。iOSのように守っていないので、非常に簡単に特権ユーザになれる。以下に書いた。


2011年9月4日日曜日: Nook Touchの脱獄


アプリ審査の価値とAndroidとの違い)
iOSアプリのAppleの審査では厳しい審査をする。審査を経て、IDを与えられたアプリしか(脱獄しない限りは)、iOSに転送できない(SHA-1認証ではねられる)ため、違法流通もできない。

アプリ審査の価値をまとめると以下の通り。列挙してから解説する。
  1. マルウェア(悪意ソフト)、著作権違反ソフト、教育上悪いソフトを防ぐ
  2. 動作保証をする
  3. どのソフトも同じ操作基準に準拠していることを確認する
コストは掛かっていると思う)
Appleの思想統制と嫌われているが、素人でも安心して使えるアプリの整備には重要だと思う。以前、Appleが求人していましたが、審査のために、相当数の人を雇い金を投入していると思う。端末で大きな利益を上げているAppleだからできる手法だと思う。

動作保証による信頼感)以前、古いiOS3 でChrome syncというアプリが動かないことがあった。動くとあったのだが、iPhone3GSのApp StoreでのOSチェックをかいくぐり、インストールもできてしまったが、起動すると直ぐに落ちた。それをクレームしたらAppleは、当日中に全額返してくれた。この安心感が、情報統制の見返りである。

将来展望)
物量を投入すれば差は縮まる。コスト差も小さくなるであろうが、量が売れれば利益の差は大きく、また将来の発展性も変わってくる。

利益差で、Appleが進化を続けられることが、メーカ数で多対1の不利にあるAppleの進化のための道筋だと思う。長期的にはCPUの自製化もこれに貢献すると思う。

Appleの市場コントロール)
Appleはソフトを強く管理しており、それを嫌っている人もいる。自由がないからである。

具体的には、
  1. 画面デザイン、ユーザインターフェースの規約があり、従うことを要請している
  2. Apple StoreにおくiOSアプリは、Appleの審査を通らないとならない
  3. アプリの売り上げからAppleがもっていく、うわまえが多い
  4. 開発だけならツールが無料だが、iOSの実機で動かすには年間99ドルのライセンスを買わないとならない
  5. ATOKなどのIMEを取り付けるインターフェース(API)などが公開されていない
などである。が、これは、以下の意味を持っている。
  1. 規約により、どのアプリでも、マニュアルをみなくても使える、同じ使い勝手を保障する
  2. 審査により、Warmなどと呼ばれる悪事を働くアプリ、著作権的に問題のあるアプリ、子供達に使わせたくない性的、暴力的なアプリ を除外する。
  3. 審査により、事前に動作保証をする
  4. 上前)審査のために相当なエンジニアを雇っており、とても一つ100円程度では利益がでないが、一定量の回収はしたい
  5. ツールが有料)やる気のない開発者を排除したい。コストを多少なりとも回収する
そして、情報管制がどうしてもいやな人には、米国Millenium 著作権法で合法性が確認された、脱獄(Jail break)という方法も残っている。が、こちらは、逆に以下の問題がある。
  1. 作者が減ってきて、新作アプリが減っている。主な機能が標準のiOSに組み込まれてしまったこともある
  2. まともに動かないアプリもある
  3. 有料アプリも増え、高いものは1000円以上する
と、Appleの巨大なマーケットに載せられないがゆえの問題もはらんでいる。

2012年11月6日火曜日

放射能とエレベータ事故の違い

「エレベーター事故をスルーするノーリスク教の信者達」

の議論は的を得ていると思う。
食品安全にしても、原発にしても、なんだかわからないものは怖い。エレベータや交通事故は原因がはっきりしているから、まあ、しょうがない。という論理が働いているように思う。

これに対して、「原発事故の本質は、数十年から数万年にわたる影響にある。」とか、「影響は広範に及ぶ」と反論する人がいるが、その影響というものが、どれだけ恐ろしいものかの議論がほったらかされていて、単におびえているように思える。

放射線の危険がどこにあるのかをちゃんと議論したうえで、リスク議論があるべきであろう。本当に放射能が恐ろしいものなら、冷戦時代に開放型核実験をやった、米国や中国で相当の害がでているはずである。

死者数で考えると)

2012年9月2日日曜日: 日本の死者数の分析


に書いたように、日本では年間100万人の死亡者がいて、内訳は、肺がんが6万2千人。自殺が世界最悪の2万8千人。自動車事故が4千人。他殺が400人であるが、他殺ばかりが報道されるのは、「見えない危険に対する恐怖」のせいであろう。

http://bit.ly/SOD5W8 には、今回の原発事故での死者600人(報道されていないらしいが。。)は、放射能によるものではなく、介護の必要な患者を放置して(介護者が避難したため)死亡したもののようである。ところが原発の避難計画には、病院の患者をどう扱うかという項目がなかった。全くの人災である。これが隠蔽されているとしたら、大変な話しである。

また、別な資料には、http://sustainablejapan.net/?p=2142 には、同じく600人と死者数がでているが、避難途中の被曝が原因とある。(正確には、福島の事故での世界レベルでの放射能死者数の推定に関するStanford大Burton Richer のEES論文(2page) 最低15人、平均値130人, 最大1100人とあり、それに対するJohn E. Hoeveらの返信コメント(1 page) で、600人という値がでている。)
今回の外人の避難をみても、外人のほうが、安全側に倒して過敏に反応する(逃げ出す)のには、配慮が必要である。いずれも、避難の仕方に問題があったという考え方はできないのであろうか。。

ま、そういう対応しかできない、政府や電力会社なら、「原子力発電などやめてしまえ」と短絡するのも分からないではないが、経済上大きな影響がでることになる。実際、震災が起きた2011年ではなく、原発が全停止した2012年春の貿易収支に影響が出ている。

2012年7月9日月曜日:  原発再稼働について、少し深掘りしてみた...


ま、貿易黒字と多大な外貨準備高のせいで、円高になっており、これが是正されれば、電機業界など苦境に苦しむ業界は楽になるが、輸入しているものは高くなる。そもそも、国民の生活というよりは、金を貯め込むのが趣味(?)の日本の政治家や経済人には許容されにくい選択かもしれない。以下に書いた。

2012年11月5日月曜日: 日本の製造業を苦しめる円高の本当の理由


低レベル放射能の害)
Facebookで以下の写真を引用して、騒いでいた人がいた。


一番低くて広く広がっている青いところが0.3uSv/hだとして計算すると一年で2.6mSvです。日本での自然放射能が1.4mSv wiki : http://bit.ly/Tz4wTx であり、高空は宇宙放射線が強くて飛行機にのればこの10倍以上浴びるのですから、多くの地域では気にする必要はなく、福島でもこの10倍程度なので、おそらくは人体には影響はでないのでは。

先のwikiにあるように国際宇宙ステーションISSでは、1日1mSv以上浴びますし。。。あとは粒子として飛び散っているもののがあった場合には、体内被曝の問題でしょうが、これは黒鉛炉の炉心が爆発して大量の放射性の粉じんを飛び散らかしたチェルノブイリ事故とは比較できません。沸騰水型炉がメルトダウンして、水素爆発を起こした今回は粉じんはとんど飛び散って折らず。おもに、放射能での汚染水の問題になるでしょう。

数値を安易に参照するとパニックを招くだけなので、まずは、あるていど検証してから流したほうがよいと思います。

最近の日本人は、とみに科学ができなくなっており、先進国から脱落するのではと懸念しています。人文・自然科学がわかるマスコミを、もっと増やして欲しい。

低濃度自然放射能の害)
では、福島近辺は危険なのか。。

世界で自然放射能が高いエリアの調査結果が  http://bit.ly/ShZ1VN にあります。日本の20倍越えの自然放射能の地帯でも人々は普通に暮らしているようです。また、ラドン温泉の放射能強度は自然放射能の200倍から2万倍もあるようです。このサイトにも年間200mSv以下では影響がでないとかかれています。

飛行機に沢山乗る人は、そもそも普通の人の10倍近く自然放射能を浴びるので、体外被曝という点では10倍程度なら影響は少ないかと思いますが、放射線濃度が高いのは確かなので、専門家によるしっかりした検討結果を公表するべきだと思います。

ストレスが掛かると、ストレスによる健康被害も出ます。

別な例)
http://bit.ly/Si0bk0 にある、高放射能地帯の放射線値 0.9〜28mGy/年〜88mGy/年は、別な資料です。 http://bit.ly/Si07Rr より1Rが10mSv=8.77mGyなので、1mSv〜31mSv〜100mSvにあたる。 以下のように結論づけている。
これら高自然放射線地域の住民の末梢血リンパ球染色体異常対照地域と比べて増えていた。しかし、健康への影響は認められなかった。
産児の性比、先天性異常、流産、死産、乳児死亡、生殖能(受胎率、出産率)を調べた結果によると、対照群と比較して、「良い」影響も「悪い」影響も認められなかった。
ストレスも悪い)
ある方のコメントを引用します。
放射線による人体への影響のほとんどは、癌の誘発要因ですが、この癌についての理解も大事と思います。
癌というと発がん性物質で起きるというイメージがありますが、特段発がん性物質を摂取しなくても、人間の体のなかでは1日にある一定数のがん細胞が、遺伝子のコピーミスなどにより発生しているそうです。ただ、人間の体には免疫機構があるので、それら発生したがん細胞はほぼ全部排除されます。ただまれに生き残るがん細胞がでてきてしまうと、それがいわゆる癌に発展していくわけです。
つまり、癌の発生には、遺伝子にエラー(コピーミスなど)を生じさせる促進要因と、免疫機構という抑制要因があります。放射線は前者になりますが、唯一の原因というわけではありません。一方、後者に影響するものとしては、ストレスがあります。
なので、放射線の影響を全く無視して良いというわけではないですが、影響を気にしすぎて強いストレスを感じていては、本末転倒になりかねない、ということです。
寺田寅彦さんがなにかに書かれていましたが、「適度に怖がる」というのが、難しいことですが、一番大切なことです。
そもそも、生物自体が置かれている本質的な危険)
そもそも、酸素呼吸型の生物は、細胞を破壊する酸素を呼吸に使っています。http://bit.ly/U7sIyk にあるように、ミトコンドリアで生成される活性酸素が、遺伝子を破壊します。危険要因は放射能だけではなく体内に沢山存在するので、免疫系や抗酸化作用が必要で、それを正しく動作させるためにはホメオスタシス http://bit.ly/U0onXQ が保たれている必要があります。ストレスがかかると、このホメオスタシスが崩れるようです。

海外の機関)
 ECCR http://chikyuza.net/n/archives/8340 の報告には福島事故の影響で、40万人に余分に癌が発生するとあります。(この情報源は、反放射能の過剰反応で有名な、バズビー http://bit.ly/SQOSAC なので、全く信用なりませんが。。)

外部被曝の値をみると、特に顕著な問題は生じそうにないのですが、それでも発がん性の向上が懸念されるとすると、内部被曝と精神的ストレスを疑う必要があります。後者は、直接には放射能の影響ではないので、報道の仕方と受け止め方の問題になります。

 内部被曝の原因にある粒子状物質の発散量を正確に測定する必要があるのでしょうが、外国の団体がそれをしっかりとやれているのでしょうか。。もしも、発生状況が違うチェルノブイリとの類推というのだとすると、ずさんなように思います。

 こういう海外の文献を鵜呑みに引用する例がありますが、その前に、海外の調査結果の根拠の検証が必要に思います。被災者が避難できないとすると、逆に精神的ストレスを書けて病気を誘発する原因にもなりかねません。

 とにかく、日本の狂牛病事件でもわかるように外人達の調査は発表は、ものごとを大きく安全側に倒すので、そのまま引用すべきではないと思います。これらについては、調べて、理解するまでは引用はしないつもりです。

 住んでいないので逃げるところのある人(傍観者)と、生活のかかっている当事者達の違いでしょう。あとは、核拡散防止などの政治的な思惑も絡んできます。

信頼の置ける機関)
「信頼のおける機関」を作って、情報を精査してほしいと良く言われますが、これは幻想のような気がしています。これも、ある方のコメントを引用します。
今回の事故で東電や政府は信頼を失っています。なので、多くの人、特に原発に反対する人は、政府や国の機関を全否定しているように見えます。現状で、国立機関がその「信頼のおける機関」になりえなくなっています。 
国に対抗できる組織としてはマスコミなど報道機関があるはずなのですが、このところの体たらく(森口騒動や、尼崎の事件の容疑者の写真誤掲載など)のように、取材力・検証力の点で、とても「信頼のおける機関」にはなりえません。(補足、電機業界の不振の原因も調べられませんし、科学技術に関する知識も非常に乏しく、たんに聞いたものをそのまままとめる程度の報道が増えています。また、 2012年11月5日月曜日: 地震と断層  に書いたような矛盾や、上記の放射能の害の解析すらまともにやれていません。)さらに原発事故に関しては、大スポンサーであった東電に批判的になれないのでは、という不信感も漂っています。 
では民間は、というと、原発事故の調査そのものについては、「福島原発事故独立検証委員会」が奇跡的に成立し、評価の高い報告書を出すことに成功しています。この組織がどうして、どのようにして信頼を得ることになったのかは、非常に興味深いテーマです。この委員会に名を連ねた名だたる有識者の権威がその信頼の一端とは思うのですが、その有識者の方々も多くは前職などで国の機関に属されています。原子力に関係あろうとなかろうと、国の機関に属していればダメで、だけどやめていればOKというのも、変な話です。ただ、この委員会は完全にボランティアで行ったという事ですから、これに「信頼のおける機関」という大任を恒久的に負わせることはできないでしょう。 
民間事故調以外の民間あるいは学術界を考えますと、それこそ百家争鳴で、いろんな意見があります。その中身も、学術的検証に耐えるしっかりした証拠に基づくものから、捏造に近いものや怪しげな理論まで様々。そんな中、特に昨年のような社会全体がヒステリー状態の場合、学者がうかつに意見を表明できない雰囲気があります。科学的な正しさの議論と、感情・人情としての善悪の議論は別の話のはずなのですが、ごっちゃにされてはどうしようもない、という状況でした。 
つまり、どこにも「信頼のおける機関」は存在しません。「信頼のおける機関」は自分たちで創出・維持するものではないでしょうか? 
いまはどうしようもなく低能だとみなされている政府もマスコミも、国民が選択してきてそうなってしまったのだ、ということは認識せざるえません。同様に、「信頼のおける機関」も自分たちで作っていくもののはずです。「民間事故調」のようにかなりのコストを負担して作っていくのか、あるいは、しっかりと国民で監視をしつつ国の機関の一部に委託するのか、方法はいろいろとありますが、どこかのエライ人が用意してくれるという幻想は、捨てておくべきと思います。

2012年5月17日木曜日

近いようで遠い中国語

中国語と日本語は同じ漢字を使っていて大体意味が分かる。
と思っていると、とんでもない勘違いをするものもある。

中国語と日本語の漢字の意味の違いで、http://bit.ly/LV1mEn みたいなサイトがある。
台湾では「娘」は母親の意味では無いというサイトもあるが。
「娘のような愛人」は、中国語では全く違う意味の「母親のような奥さん」になるとのこと。

「湯」も中国語では、スープという意味しかないので、中国人が、風呂屋の「男湯」「女湯」をみると、男用のスープと、女用のスープに別れているのかと思うらしい。

「御婦人便所」と書かれたトイレのドア。最近はレディとかであまり見ないが、高級デパートなどでこの「御婦人便所」という表記をみると中国人はぎょっとしたり、関心したりするとのこと。http://bit.ly/LV4BeU に説明がある。

御という文字は、「制御」という単語にあるように、中国語では、動詞の制御するという意味しか無いらしい。

したがって、「御婦人便所」は、婦人に言うことを聞かせるのに便利なところ。という意味になるとのこと。http://bit.ly/LV3Oui だと、もうすこし「御する」を飛躍させて取っている。

『油断一秒、怪我一生』も、油断、怪我という単語が中国にないため。
中国語では、「油が一秒でも途切れたら、私を一生咎めてください」 という意味になるらしい。

震災以後のキーワードで使われる「絆」も中国語では、「しがらみ」のような、マイナスのイメージしかない。http://diamond.jp/articles/-/18563 とのこと。

他にも、
http://q.hatena.ne.jp/1207193147 には、中国語の意味として、

  • 手紙は、日本語のトイレットペーパー
  • 走 は、歩くの意味
  • 看病は、診察の意味
  • 経理は、社長の意味
  • 改行は、転職の意味
  • 回来了は、ただいまだが、おかえりも回来了
  • 切手は、泥棒の意味
  • 『飯店』はホテル
  • 『料理』は取り仕切るの意(動詞)。よって『中華料理』は(国家主席などが)中国国家を運営するという意味になってしまう。
  • 臣は官僚
  • 『僕』の現在の意味は召使い(古代では謙遜の意を含む男子の自称だった)
http://dndi.jp/16-tyoki/tyoki_7.php

  • 「結束」という中国語の意味は「終わる、終わらせる、結末がつく、始末する」
  • 「検討」は反省するとか自己批判をするとの意味がある

http://bit.ly/MtdaAc

  • 現代中国語では食べるたまごは絶対「卵」と書かない。「卵 luǎn」は生物学的な表現。食べる卵は「蛋」
などの情報がある。

似ているようで、意味が違うし、それでまた、勘違いして意味が通るものが多いので注意が必要である。

ちなみに、日本に良くある、マンション (mansion) も、米語では大豪邸のことである。英国では、日本と同じ意味で使えるようである。米語だと、安いものはApartment/高級なものはCondominiumと呼ぶようである。
米国に住んだ人が、マイキャッスルというマンション名をみて苦笑いしていたらしい。「私の城 大豪邸」 である。日本のマンションの名前もかなり、バブリーになっている。

もっとも、以下に書いた、「Superdry Store 極度乾燥(しなさい)」みたいに、あえて妙な日本語をつかっている英国ブランドもあるので、これは世界共通のファッションの一部かも。。

2011年11月26日土曜日: Black Fridayの高級モールの様子

2012年1月15日日曜日

男と女の違い

性差のことを米国で発言するのはタブーとされている。人種差別、性差別の過去の反省であろう。実際には、このどちらも存在するように思う。もちろん個人差もあるが、全般的な差は存在しそうに思う。

差別されている女性が進出する最初は、女性も男性と同じということで進出していかないとならない。これが、性差、人種差をタブー視する理由であろう。
が、もっと社会が成熟してくれば、差があれば、その特徴を生かすように工夫すべきでは無かろうか。

少なくとも女性の方がコミュニケーションに敏感であるようなら、むしろ女性をマネージャや幹部に登用した方がうまくいくであろう。マネージャや会社幹部の一番重要な仕事は、人間関係の管理であり、コミュニケーション能力が一番大事だからである。
もちろん個人差も踏まえた、適所適材であるべきには違いない。

Stanford大では、GoogleやAppleが女性のエンジニアを指定して求人していたりする。女性ならではの才能が欲しいのであろう。

少なくとも今の社会は、男性が男性の為に作った社会であり、世界の多数を占める唯一信教の白人達が都合の良いように作った社会でもあろう。

History = His +storyといわれる。男性の支配者が都合のよいように作ったのが歴史である。
多様な文化がある以上、それで都合が良いわけがない。システムを作り直す必要があると思う。

怒る女性は)
違いがあるというと怒る女性もいる。同じ能力を持つんだと。。でも、そういう方は、やっぱりいろいろなところが男性的である。女性的な感性の人だと、そもそも、そういうときに、ムキにはならない。和を重んじるから、「そういうこともあるのかねぇ。。」となるように思う。女性で、性差について腹が立つ方がいたら、どれだけ、自分の特性が、男性側の特性に当てはまるか考えていただきたい。男性的な特性が支配的なのかもしれない。

いずれにしろ、いろいろな方がおり、いろいろな強みがあればよく、男性的な女性も、女性的な女性も、自分の特性を生かして社会に貢献すればよいのだと思う。

違いを認めるのこそが成熟した社会であろう。

レディファーストについて)
欧米では、レディファーストと言われる。そもそも欧米人は男性と女性の体格差が大きく、男性が特に大きいから、かばってあげる習慣があるのかもしれない。飛行機の高いところの荷物入れに荷物を入れたり出したりするとき、外人たちは、見ず知らずの女性や老人に変わり手伝うのをよく見かける。

東京では、大きなおなかの妊婦さんが大きな荷物を持っていても、小さな乳飲み子をベビーカーにつれた女性が電車に乗り込むとき難渋していても、全く知らぬ顔の人が多い用に思う。差が無いなら平等で勝手にやればよいが、差があるなら、弱気者を強き者が助けても良いように思う。

それはともかく、欧米にいて、エレベータや入り口で女性を押しのけて入っていったりするのは、非常にマナーが悪い。ドアをあけて、「さあどうぞ」とやるのが普通である。
知らないでいるとつまらない低評価を受けかねない。

性差について)
よく言われるのは、
  1. 女性は会話や感情で行動する、男性はロジックで行動する
  2. 女性は複数同時にやれるが、男性は同時に1つのことしかできない
  3. 女性はぱっと見で全体が見えるが、男性は順番にしかみられない
  4. 女性は、ファッション関連が好きだが、男性は交通機関とか家電が好き
  5. 女性は集団行動を望むが、男性は単独行動を好む。この結果、女性はコミュニケーションに対して大変敏感である
  6. 女性は運転や地図をみるのが下手、方向音痴も多い、男性は自分の子供が泣いていても気がつかない
  7. 男性はウンチクが好きだが、女性は嫌い
  8. 日本女性は海外でモテモテだが、日本男性はモテナイ。どうも一般的に男性は異質なものを好むが、女性は好まないらしい
こういう違いを探求していくと、有名な宇宙物理学者の発言:


「車椅子の物理学者ホーキング博士、宇宙最大の謎は「女性」」
ということになるのだろう。
当然、女性側からは、宇宙最大の謎は「男性」だと思っているのだろう。もちろん、男性でも女性的な人など、個人差はある。男でも文系の方がロジックを立てないのかもしれない。

女性は子供を育て、男性は狩りをするとともに、戦いをして優秀な遺伝子を選ぶ。この進化の過程で生まれてきた性差かもしれない。

また、男性が右脳的、女性が左脳的とも言われる。この結果5の空間認識の違いと言語能力の違いがでてくるのだろう。以下: http://www.sugar.or.jp/brain/02.shtml

ここにある、腕組みの実験では、私は、右脳型とでた。直感で、いろいろblogを書いているしと、納得。。

また http://www.d6.dion.ne.jp/~hiudent/brain1.html には、女性は、左右の脳を結び、言語をつかさどる脳梁が発達しており、男性よりも20%ほど大きいともある。

もちろん大きければいいというわけでもなく、しわの数もあまり関係無さそうである。

著名人の脳の重さ: http://brain3.seesaa.net/article/109101230.html
アインシュタインの脳は軽い。

脳のシワや大きさ・重さの違いは「知能」ではなく「能力」: http://bit.ly/AcpA0j

決して女性や男性を馬鹿にしていたり、差別を助長するつもりではなく、お互いの違いを良く理解すれることで、お互い気持ちよくなれるように、コミュニケーションできるのではなかろうかと思う次第である。
差がないと思ってすれ違うよりも、差があるかも知れないと思うことで、すれ違いが避けれるならばそれにこしたことはない。

1について)
ショッピング等で、女性が、男性に、「これどう思う。」、と聞くときは、何か会話をしてもらいたいのであって、答えは求めていない。だから、「どっちでもいいよ」とか「私は専門家ではないのでわからない」とか答えると、女性の顰蹙を買うことになる。親身になって、「そうだねぇ、こっちのほうがいいと思うよ」とやらないとならない。
ところが、女性は元々気持ちが決まっていて会話の為に聞いただけのこともある。なので、結局違う方を選んだりする。さらには、「あなたのセンスはねぇ。」とか言われたりする。これは男性にとっては、「だったら聞くなよ(怒)」とか、「なんで〜〜。答えが決まっているなら聞くなよ。。」ということになる。

何かの約束でもそうである、奥さんが忙しそうにしているときに、「大変だねぇ。手伝うよ」ということが大事なのであって、実際に手伝うかどうかはどうでもよいことが多い。約束ではなく、言葉というか気持ちが重要らしい。出来ない約束だからと気にすることはない。

一方、男社会では、口先だけで中身がない人間は嫌われる。ここも違う。
ま、そういう男社会であるから、かわいい女性の「さしすせそ」などという手口にころっとやられるのかもしれない。こういうことをいう女性は女性の間では、絶対に嫌われるらしい。

かわいい女性のさしすせそ: http://blogs.yahoo.co.jp/nonnbiriya1977/49226809.html
これを書いた女性も、「たった5行タイプしただけで いつになく疲れてきた & 気持ち悪くなってきた..」と言っている。

「お金持ちになったら、ポルシェが欲しいよね。」といわれたら、男性は、「でも、あなたの運転技術じゃポルシェは使いこなせないよ」とか、答えそうだがそういってはダメ。
どうせ実現しないのだから、「うん。お金持ちになったら、買ってあげるよ」と言えば丸く収まる。

とにかく、本心から思っていようが思っていなかろうが、奥さんに、「いつもいつも大変だねぇ。」と声を掛けることが、夫婦円満のコツのようである。決して、会話につきあわされるのが時間の無駄とか思ってはならない。会話することと、思いやりのこころ自体が重要なのである。

一般論であるが、男性は乗り物や機械に興味を持ち、女性はファッションに興味がある。ブランド店にいくと、奥さんや彼女が延々と買い物をしていて、男性がつまらなそうな顔で付き添っているのは、世界中どこでも目にする光景である。

3について)
驚いたのは、女性は冷蔵庫の中をぱっと見ただけでモノが見つかる。ところが、男性は、順番に探さないと分からない。ということ。身近な男性と女性にも確認されたらどうであろうか。

4について)
blogや2chを炎上させているのは、たいてい男性のように思う。会社の幹部もそうだが、コミュニケーションが苦手な男達は不用意な発言が多いように思う。
発言は一度言ってしまったら撤回できない。相手に深い傷を残し、挽回は大変な苦労がかかることになる。MailやSNSだと文面に残るのでそれが顕著である。こころして掛かった方がよい。

微妙なことは絶対に面と向かって話す。これは西洋人も心がけているようである。が、あうんの呼吸になれている日本人はかえって鈍感なように思う。

女性社会)
一方で、女性は、和を非常に重視する。昔、会社で女子校出身の社員が、車2台でスキー旅行に行くときに、「あの人を誘ったら、あの人を誘わないとならない。」と、誘いまくって、車が全然足らなくなったことがあった。仲間はずれになることを嫌うので、自分が誘う側になると、仲間はずれを作らないように努力するのであろう。ただし、これはかなり個人の性格に依存する。

米国の高校で、ESL (外人向けの英語教師)をやっている方に聞いたこんな話もある。高校の行事で、女の子を集めて模擬ファッションショーをやる。すると、イランとかアフガニスタンとか、女性が抑圧された社会から来ている女の子はいがみ合いが激しいとのこと。楽屋で、「あんたの衣装は全然にあわない」とか、「あんたはブスだ」とか言い合うらしい。白人の女の子は、怖がって近づかないらしい。
日本社会も女の子の間で、仲間はずれを恐れるのは、女性が抑圧されているからかもしれない。

ただし、米国で、こんな話もある。小学校か中学校でインド人の女の子が、成績が良く出来て、クラス代表に選ばれたらしい。すると、ネタミで、他の子から、嫌がらせをされ、精神的に参って、不登校になってしまったとのこと。嫌がらせをしたのはどう子供たちかは知らないが、女性社会ならではの問題かもしれない。

日本では、仕事が忙しすぎることも有り、男性の子育てへの貢献は少ない。週末は、ご主人だけあそびに行ってしまったりする。
米国では、会社には朝早くからきて、16:00には早々に切り上げたりして平日も家庭に貢献するし、そもそも専業主婦は少なく共働きである。週末も、奥さんを置いて、子供をご主人がつれて、レストランに来たりする家庭もよく見かける。

仲間はずれを嫌う女性に子育てを任せていれば、大人もそういう文化がつく。「空気を読んだり」「変わり者をみとめない」日本の文化はそうやって形成されるのだろう。もちろん、気を遣うという点では、良い面も継承されるのを忘れてはならない。

5について)
YouTubeはめ込みなので、クリックすれば見られる。全部女性の運転だとのこと。男側から見た差別的な題材ではある。こういう番組が作られるのも、制作側が差別的なのであろう。が、堅いことは言わないで、まずは面白い映像だと楽しんでもらいたい。

外国の制作なので、女性の運転が下手というのは、日本人の日本女性に対する偏見ではないらしい。

ただ、よく考えると、車のシステムが男性向けに作られているためかもしれない。もともと、交通機関には興味のない人は、男性でも女性でもあまり運転が上手ではないのかも知れない。
いずれにしろ、不得意な人が運転しなくて済むように、得意な人がサポートするとか。車の作りやシステムの作りを女性にも合ったようにかえていかなければ不都合だと思う。

よく運転試験場の教官が言うのは、女性は、ウィンカーを逆向きに出したり、バックのときハンドルを逆に切るというのである。体の向きに関係なく、右に回せば右に動くのだが、顔の正面と一緒に右が回るので、反対になるのかもしれない。
地図をくるくるまわさないと、地図が読めない人も同じだと思う、座標を空間に固定するということが苦手なのかもしれない。方向音痴の人は、行きに通った道を帰って来れない。これも、空間に固定した地図で道順を追っていれば別に難しくないだろうが、言語で覚えようとすると、覚えにくそうである。

ただし、日本と米国という文化の違いもある、米国人はどうも地図を使わずに、言語で道順を話すのが好きなようである。webにあるホテルやレク施設などの案内も地図ではなく、言語での道案内になっていて地図すらないことが多い。知人にgoogle mapへのリンクを送ったときも、道順を言語で説明してくれといわれた。
米国のとあるショッピングモールにいったところ、看板に地図が、建物の向きと全然違う向きにおかれていた。地図にでている店と、地図の中の店を照合して、頭の中で地図を回転しないと、どこに何があるのか分からない。地図ではなく、言葉で行き先を指定する国ならでは。。と思った。その地図をみていた米国人たちが、「これ地図が反対向きについているんじゃないの。。」と、不満を述べていた。

また、別な案内は、その地図が指しているのがどこなのか全く分からないもの。そのショッピングモールの中には、同じ名前のデパートが3つ存在し、そのうち1つのデパートを突き抜けて反対側にでると、その店があるということを、Information deskにいって初めて知った。。日本ではこんな不手際はありえない。




6について)
4とも関係があるが、男は一つのことに熱中する。たとえば、家庭をほおっておいて、仕事に熱中したりと。
女性は生活のバランスを取る。子育て、仕事、家事などなど。
その差が不満を生み、夫婦関係の不協和音を生む原因の一つかもしれない。男性も家庭に貢献すべきである。

これは、家庭というのが社会の縮図であることもあり、社会に対する接し方を学ぶ、コミュニケーションの仕方を学ぶという意味でも価値がある。
米国ビジネスマンの方が、コミュニケーションに長けているのは、家庭、学校などへの男性の参加があるのも関係していると思う。

8について)
以下のような絵はがきがビーチの売店で売られていた。グラマーな白人お姉さんたちの絵はがきに混じって、唯一の東洋人の絵はがきとして。



米国では、このような顔の日本人がもてるらしい。米国に留学した日本人の方も口々にいっていた。一重まぶた、低い鼻、丸い顔。さらには、ストレートな黒髪。パーマなんて、米国人の普通のカーリーヘアーである。

日本で流行る顔は、所詮、白人の顔。白人の国では、東洋の顔がもてるということだろう。

日本女性は、米国では大人気。が、日本男性は人気がない。これは別の国の外人でも同じらしい。どうも女性はあまり異形のものは好まない。男性は異形のものを好むということかも。

2012年1月2日月曜日

iPad用の無料のニュースアプリ - 米国と日本の違い - 神アプリFlipboard

米国のApple Storeには無料のnewsソフトが沢山掲載されている。米国のiTunesアカウントを作れば日本でも購入し無料で閲覧可能。

無料である)
San Jose Mercury newsは、無料で完全に誌面が見られる。先に記事をdownloadする形態なので、WiFiが繋がらなくてもよめるはず。広告がまるのままついている。広告収入が得られるからタダでいいのだろうか。

ところが日本では産経新聞以外は有料を押し通そうとしているらしい。新聞は広告収入で成立しているはずだし、電子版なら流通費用も下がる。いまやGoogleやFacebookのように、ネットは無料が当たり前の時代。なのに昔のやりかたを押し通そうとしている。いつもながら、考え方が古いのでは無かろうか。現状を認識した上で、前向きに利用していかないと、世界から取り残されるように思う。

今回取得した、Bay Area News関連の3アプリの特徴は以下の通りである)

  • どのアプリも無料
  • 記事を取得するのも無料
  • 面倒な登録が必要だったり、ほとんどSPAMに近く強制的なメイルが送られてくることもない 
日本の面倒な登録が必要な媒体でも、別に顧客にカスタマイズした記事がおくられてくることもない。おそらく広告媒体へのアピールのために、そういう情報が必要なのであろう。だったら、Facebookと連携させて、Facebookのプロフィールから情報を取得する方法の方が今風で楽である。とにかく面倒な登録をしてまで記事を読もうとする気はしないので、良く最初の部分だけみて登録をあきらめている。

日本のニュースアプリで先の3項目を満たすのは産経新聞くらいかもしれない。IT関連の情報を読むなら、日本のアプリはあきらめて米国アプリを直接読んだほうが良いかも。


他のアプリをすでに学んでいる)
どれもiPad用にTuneされていて、Bay Area NewsやABC7は、Flipはしないものの、Flipboard的な版組を採用している。どれも特色があって面白い。こういう情報感度の高さは、米国の人材の流動性にも支えられているのだろうか。

以下にscreen shotを添付する)
神アプリFlipboard)
これは、bestアプリにも選ばれたアプリ。
http://flipboard.com/ にあるようにiPhone版もある。ここには動画もあるので是非ご覧になっていただきたい。
本当にぱらぱらめくるように記事が読める。記事はクラウド側でサマライズされており、大量の情報に高速にアクセス出来る。これは、新聞など従来のメディアを駆逐するのではと感じる。

Time紙のBest Invention (発明ベスト)にも選ばれている。これらの情報は、上記リンクのPress roomにある。
http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,2029497_2030652_2029806,00.html


起動したときのトップ画面 - いくつものジャンルがあり追加できる。Facebook, Twitterも読める。1面にある9個は標準で掲載されているが、これは十分読む価値のあるものばかり。放っておくと記事がぱらぱらマンガ的に、アイコンに表れる。Microsoftがwindows8で投入する 新UIであるMetroもこれの模倣だと思う。

トップ画面をクリックすると、記事のサマリが読める。この独自の版組が読みやすい

指でスワイプすると記事がめくれる。これがきわめて高速で、紙媒体に近い。写真も圧縮されて裏でダウンロードされているのか、3Gでの接続であっても、アンテナが3本も立っていれば全く遅れを感じない。

iPad用の米国ベイエリアニュース)
 -どれも無料アプリ。記事も無料。

ところが、new自体は、iPad専用で9,594個、iPhone用で22,505個もある。もちろんnewsというキーワードだけでマッチしたものも入っているだろう。が、この競争が進歩を速めているように思う。
規制やら人材の流動性のなさで、新規参入の自由度が低い日本はかなり不利だと思う。



もう少し拡大すると、いろいろ分野毎のニュースが出てくるが無料のものがほとんど。記事の取得に有料会員登録の必要なものもあるので注意が必要だが、iPhoneのBay Area Newsは3ヶ月で1.99ドルとかかなり安かった。
以下 冒頭のBay Area 関連のNewsを取得したので、その画面から )
San Jose Mercury News) - Bay Areaの地方紙
San Jose Mercury Newsの紙面 - 1面 - まるっきり普通の新聞。左上のA01とかが紙面番号。
ピンチで拡大縮小する。

Mercury Newsの天気面。Bay Areaが出ている。

同、Mercury Newsの広告面。ごぞんじ、家電量販店。Fry'sの広告。毎日数面はこのFry's

ABC7 News)
トップ面 - Flipboard的な版組である
Bay Area News)
記事の一つを読んでみた

Bay Area Newsの画面。Flipboard的な版組になっている。フリップはしないが、クリックすると記事が拡大する。

同Bay Area Newsの記事を読んでいるときのもの。
Forbes)
Bay Areaとはかんけいないが、Forbesアプリも無料。これもiPadに最適化されている。


2011年12月1日木曜日

やっぱり米国が良い - 日米比較の中間まとめ

2011年10月15日 頃に始めた日米比較だが、一旦まとめておきたい。興味のある方は、blog右側のブログアーカイブから参照できるので、過去の記事をご覧ください。なるべく中身が想像できるタイトルにしてあるつもりです。また、関連記事には、記事内からオレンジ色のリンクが貼ってあり、そこをクリックして飛べるようになっています。

以下がわりとまとまっています。

2011年11月26日土曜日: 日本を日本たらしめていること


米国はサービスの質が低く、毎日のようにトラブル対応をする必要がある。これは最近は、15年前よりさらに悪化している。米国サービスのトラブルは以下に書いた。トラブルは、ほぼ毎日有るのだが、これはというものは追記しつづけている。


2011年11月23日水曜日: 大変優れた日本のサービス、日米の違いの整理

米国の生活は大変なのだが、米国と日本の両方の生活を知った人には、「それでも米国が良い」という人が多い。
理由を整理してみると、どうも以下の2つにまとめられるのではないかと思う。
  1. 人間がおおらかで、人生を楽しむシステム。余暇を楽しむシステムができている
  2. チャレンジをしたら報われるシステムがある。人生に、やり直しがきくシステムでもある
2のシステムがあるから、みんなチャレンジしようと社会を変えてきて、その結果1のように、効率良く仕事をして人生を楽しむシステムが維持されているように思う。フランスでも、北欧でも、イギリスでも同じように思う。ドイツだけは、ちょっとおおらかさが足らないように思う。(ドイツでは、日曜は安息日なので音を立ててはならないらしい。子供が泣いても、掃除をしても怒られるらしい。)
2の根底には、公平という原則がある。これが、格差を生む。日本は格差を嫌って、平等を目指した社会主義国家だと思う。が所詮平等など実現できるわけもなく、格差は広まっているし、平等も限られたムラのなかでの平等なので、差別を生んでいる。
http://iphonedays-satoshi.blogspot.com/2011/11/blog-post_2204.html#unfair に書いた。以下である。
2011年11月12日土曜日: 平等・差別の日本社会。日本をやり直しのきく社会にするのは簡単ではないが、いずれやるべき

日本は、勤勉であり、繊細できっちり仕事をする。が一方で、決まりは決まりと、かえることをしない。時に潔癖症すぎるのではと思うことも多い一方で、法定速度を無視したり駐車違反をしたり、運用回避があったりと、規則の適用が不公平である。
また、システムが目的を忘れ硬直していまい。頑張ろうとすると足を引っ張るシステムに変わってしまう。
「事なかれ主義」「やったものが損をする」「出る杭は打たれる」「とりあえず、権威ある、お上や経営陣にまかせておこう」というようなことになり、2のチャレンジするのを阻害し、「まー、てきとうにやれば、適当に一生を過ごせる」という雰囲気になっていると思う。誰かが面倒なことをしないと、良くはならないのだが、貧乏くじを引きたくないので、皆で見過ごしているように思う。

その結果、「仕事をすれどもすれども豊かになれない - working poor」、「老後が心配で心配でしょうがない。」ということになっているように思う。

具体名は挙げないが、日本でも、ときどき、とんでもなくエネルギーのある政治家や企業経営者がでてきて、すこしだけ社会を変えてくれるのではあるが。

通勤が楽だとか、国が広いとか、そういうこと以上に、国民性の違いが、結果になって表れているように思う。

もういちど、どうあるべきか、みんなで考えてみるべきだと思う。

それができない一番の理由は、日本人の多くの人が議論ができないからだと、最近思っている。Facebookとかで議論しても、議論が上手な方はそう感じておられるようである。

2012年1月18日水曜日: あるべき議論のやり方


に書いた。逆に言えば、ここを変えれば日本は変われる。が、変われていないのをみると、文化の奥底に流れていて、かなり変えるのが大変なのかも。

人生を楽しむ様子) 
11/24のThanks Giving(感謝祭)から、クリスマスを経て、1/2までは、米国はホリディシーズンであり、仕事には身が入らない。のんびりした国である。
もともと冬は農閑期でもあるし、北にある国では、寒いし日も短くなる。気分が暗くなる時期なので、ホリディシーズンにして楽しもうということかもしれない。ハローウィンがあり、サンクスギビングがあり、冬至にはクリスマスがある。そして日が長くなり始めると、新年になる。そういったことを楽しむのは、心のゆとりになって良いことなのでは。

Thanks Giving, クリスマスのデコレーションなど、あとで写真を掲載しておく。
ハローウィン)
基本的におおらかな米国人は東洋人ほどプライバシーがとか個人情報がと、うるさくは言わないが、顔はモザイクにしておく。

Halloween) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%B3
Stanford大学のアドミの人たちも、ハローウィンには仮装して仕事をしている。似合っているねといったら、喜んで写真を写させてくれた

別なスタッフの方
自宅には19:00から22:00近くまで、Trick or Treatが、大勢やってきた。お菓子を買ってなかったので、家のおかしが全滅した。おかきとか変な物まであげた。もらった方は迷惑だったであろう。

クリスマスのデコレーション) 2011/11/29撮影
近所の民家。インド人のお宅。中央の2つの半月型の下が観音開きのドアである。
敷地は200坪ぐらいあるだろうか。シリコンバレーは米国にしては大変土地が狭いが、一般人でも150坪くらいの土地はある。田舎に行くと、土地はエーカ(1100坪)単位になる。

幹線道路である、El Camino Realでは高圧送電線がクリスマスツリーになっていた。この塔の下のホテルが電飾をしたのかもしれない。ちなみに、2つ先の交差点で車3台がめちゃめちゃになる事故があり、道路は大渋滞。米国人は、サービスの仕方同様、運転の仕方もおおざっぱである。道を譲ってくれたりと親切ではあるが。。



2011年11月29日火曜日

日本と米国の会議の違い

会議の定義が日本と米国で違うように思う。
  • 日本(企業) - 報告、通知のための会議
  • 米国(大学) - 問題点のあぶり出しのための会議
もちろん企業と大学という違いも多少あるが技術開発という視点では同じはず。
米国でも進捗報告のための会議もあるが、逆に報告書は一切必要ない。
往々にして、進捗報告でも議論は問題点のあぶり出しになる。これは報告自体が育成の目的を持つので、有るべき姿に思う。それでも時間がかかりそうなときは、教授は学生を自室に呼んで、マンツーマンで議論する。
Stanford大でのアドバイザー Prof. John Ousterhoutから学んだことは、以下に書いた。

2011年12月31日土曜日: 本当の教育者、本当のプロとは
人の時間を余計に無駄にするのを極力避ける。これが、クリエイティビティを創出する余裕の作り方だと思う。時間の効率的な活用が必要なのである。内職が必要な会議は本来不要なので、参加者を絞るなり、分割したほうが良いということであろう。
会議で一番偉いはずの人が、「会議ばかりで仕事にならん」とかぼやいている。内職をしていたりする。会議を減らせる権限がある、本人が、ぼやくような会議をやってどういう意味があるだろうか。本人が早速、会議をとりやめることを考えるべきであり、思考停止もはなはだしい。日本の思考停止は沢山あるので、別途書くことにする。

結果、日本では報告したことはあまり変わらない、ほぼ必ず資料を作ってくる。なので、かなりの時間が、考えることではなく資料づくりに忙殺される。

一方、米国では、会議で出た回答が翌日には変わっていることが多い。結論を出すのが目的ではないので、新たな課題が見つかったり、課題への適切な手段があれば、変えるのが妥当だからであろう。当然だれも気にかけない。
議論では、資料は作らずいきなりホワイトボードに書き出す。議論が目的だから、資料は作らない。

唯一、資料を持ってくるのは、学会の発表練習の時。「何故かな〜〜」と思ったら、コメントを書き込んでおいて、終わってから、発表予定者に返している。一つ一つのことに目的がある。これは、とても大事なことだと思う。時間を大事にする、クリエイティブな人たちは、こうあるべきだと思う。クリエイティビティについては、以下にも考察した。
2011年11月24日木曜日: 老害、エセエリートの害
合理性を考えると、トップの意思通達はwebでもできる。意識高揚したければ、むしろトップが全員を招集して自分の言葉で直接しゃべった方が効果的。伝言ゲームでの時間の無駄と情報の湾曲も避けられる。
意識高揚に必要なのは一体感であり、それには質疑に時間を割くべきである。そうでなければwebやメイルと変わらない。文字のほうが聞き忘れがない。文字で伝わらないのは、読み手の能力が低いのではなく書き手が情報を整理できていないから。ないしは、その情報が聞き手には重要でないからであろう。目的をよくよく考えれば、手段は自ずから決まってくるように思う。

私が入社した頃は、何十パーセントかの時間はアングラ研究に割けといわれていたし、仕事はできるのだが絶対に残業をしないと決めていた課長さんもいた。とにかく余裕を作らないと、クリエイティビティは出てこないように思う。
時間に追われると、だれでも思いつくような気づきすらなくなる。


2011年11月24日木曜日

老害、エセエリートの害、本当のエリートとは

巨人軍がお家騒動を起こしているらしい。
http://search.j-cast.com/?type=article&q=%E3%83%8A%E3%83%99%E3%83%84%E3%83%8D&r=reflink

これは85歳のナベツネの老害と言われている。
そういえば、日本では老害の問題を良く聞く。

が、本当だろうか。
権威がモノを言って、内容を計ってでケースバイケースで議論しないのが問題なのではなかろうか。日本は、歴代の武家政権が天皇の権威を利用してきたり、他国にもまして権威というものが特別な意味を持っている。

(何が日本を日本たらしめているかは別途考察したい。農耕民族とか島国とかで簡単にはくくりきれない、かなり特殊な事情があると思っている。そもそも、狩猟民族などアフリカぐらいであり、世界中の主流は農耕民族で、一部遊牧民族がいる程度である。また、イギリスや台湾も島国である。)

年寄りになると知恵も増える。偉い年寄りは、人の思っていることが分かったり、交渉術を良く知っていたりする。また、いろいろな物の見方の勘所を心得ていたりする。

一方で権力の乱用は若くしても起きる。

大王製紙事件もひどい事件。容疑者 井川前会長(47歳)は会長を退いた今ですら47歳。老害じゃなくても、独走を止められない経営、背任をコントロールできない会社システムには問題がある。が、こういう事件がおきると、やたら締め付けが厳しくなって、自由度がなくなるのも日本の悪いところ。情報セキュリティにも見られるように、バランス感覚がかなり悪い。

大王製紙事件)日経新聞11/23(水)朝刊35面にでていたが。
85億円も子会社から不正に借り入れ、カジノで32億円も使うなんて、アホか。。彼は御曹司で東大卒。人とのコミュニケーションが苦手な人間や変人が東大に多いのも気をつける必要がある。「天才とバカは紙一重」というのは、ある意味、かなり的を得ているケースもある。

誤解されると困るのですが、バカでもない本当の天才もいます。「この人は、どこから見ても、本当にすごいな。」という東大教授を何人も知っています。コミュニケーション能力も高く、人の言いたいことが即座に理解でき、物事の本質も即座に見抜く、技術についても大変詳しい、会議のまとめ方も大変上手。
ただし、そういう人は、本質を知っているので、ばかばかしくて、政治とか行政に口を挟まないのかも知れません。
今の日本では、提案した人に仕事だけが増えて損をすることが多いので、余計なことをしないのが一番賢い選択になっているかも知れません。

また、ステレオタイプで物事を判断するのは非常に危険です。人間を分析することはステレオタイプにはめることになりやすいので、ちょっと自己矛盾しています。

企業トップは、与えられた問題を解く入試の能力よりも、答えの無い未知の問題に近づくこと、軌道修正する柔軟性、顧客や社員とのコミュニケーション能力が必要とされることに気づいていない企業は多い。

長期政権は必要)
首相も企業トップも老害を防ごうとすると短期政権になる。これは以下の理由がある。
  1. ワンマン社長でなければ若くしてトップにあがれない。相変わらず年功序列だからである。(最近は功は関係なくて、年齢序列の企業も多い)
  2. 老害を防ぐために早くして引退する。が実は、相談役になったりと本当は引退していないことも多い
短期政権になって、なおかつ評価システムを強化すると、自分の在任中に成果を出さないとならないので、投資がきわめて短資眼的になる。株主もそれを要求する。
大きな研究はモノになるまで10年以上かかる。これに投資がまわらない。
結果、利益率が、うすい他社の物まね製品ばかりになる。

大企業が、ベンチャーの良い製品をマネして、これからの産業を支える新興企業をつぶすことになる。良識のある消費者は、多少がさつでも、アイディアを出した企業の製品を買って、そこの企業を伸ばしてあげるべきであって、物まねした大企業の製品を買うべきでは無いと思う。それが、日本の将来のためになる。ベンチャーが日本で育たない理由は以下でも考察した。
2011年11月12日土曜日: 日本の大企業を駄目にしているのは
長期政権によるAppleの成功)
AppleのMac OS-Xの基礎は、NextStepにあったりする。1986年の技術が今のMac OS-X, iOSに生きているのである。UnixをベースにしたりObjective-CやCocoaの源流がここにある。

MacやiPhone,iPadが画期的なのは、Jobsが長期政権で自分の過去の成果をうまく再利用してきたこともある。かなり優秀な技術者でも、これをやるのは難しい。


Appleについては以下にも書いた)
エセエリートを信用するな)
日本の企業で、「Appleはすごい。Appleには勝てない」とだけ言って、こういう解析を全然していないところも多い。

そういうところに限って、第二次世界大戦時代の大本営時代からマインドセットが全く変わっていなくて、情報の解析能力がなくて、精神論に頼るのである。
反省をしないので、だめだったところが、自分自身で分かっていないのである。

悪いことに「ムラ」社会は、失敗を仲間内でかばって隠す。
第二次大戦では、陸軍士官学校卒の士官が超エリートであり、それが仲間の失敗を隠したとも言われている。均質なのは害にしかならない。

Steve Jobsは、「大学の学費で育ての親の老後の資金を使うのが忍びない。大学から学ぶことは何も無い。」と大学を中退している。学歴のもつ本当の価値を見直した方が良いかもしれない。

アメリカのエリートには真のエリートがいる)
アメリカの高校(high school - 4年制)は中学(middle school)よりも、学校の終わる時間が早い。
注意: アメリカの学校制度・就学年齢は場所によって異なる)
http://www.design-penguin.com/OC/life/school_system.html
ボランティアやスポーツなどの課外活動をして人間性を磨けということである。
その結果、奨学金は勉強だけではもらえない。スポーツとかボランティア活動とか、勉強以外で外が一流と認めるものが必要である。そうしてもらえる奨学金は額も大きく、返済の必要がない。

知り合いのご夫婦は、インド人・中国人ががむしゃらに勉強する地元の公立高校ではなく、白人たちがいる私立高校に通わせた。学生たちは、とてもクリエイティブであるという。アメリカの経営トップが白人ばかりなのはこのクリエイティビティがあるからだと、その方は言う。
  1. 遊び方がとてもクリエイティブ
  2. 遊ぶ時間を作るために時間の使い方がとても上手。授業も、絶対に遅れてこない
  3. 遊ぶことと、勉強のけじめができている。勉強ばかりしない
この方のお子さんは、ゴルフがプロ級でゴルフで奨学金をとって、一流のカリフォルニア大バークレー校(UCB)に入学した。親御さんがいうには、遊んでばかりいるが、勉強をさせると理解力が相当高いということである。運動神経もめちゃくちゃ良いらしい。弟を車で送ったり家の手伝いもするそうである。

このお子さんも、お友達も、高校生や大学生が、男も女も、すれてなくて、性格がとても良い。ほんとうの意味でのゆとり教育の成果だろうか。。

一方、日本のメーカを辞めて、Appleに転職した友人は、非常に優秀な研究者だが、幹部の命令で馬車馬のように使われるといっていた。

以前いた会社の、中国系のエンジニアも、馬車馬のように使われると文句をいうことが多かった。その彼は、見えない天井「Glass Ceiling」があって中国人は出世できないといいつつも、中国人の上司は細かすぎるので、中国人の下では働きたくないといっていた。

白人は幹部と東洋人は歯車という違いが、本当にあるように感じてしまう。

この結果、Stanford大の会社説明会への参加者の傾向が白人と、東洋人(インド人、中国人)では違ってきているように思う。以下の後半に書いた。
2011年12月20日火曜日: ベンチャーを育てるシリコンバレー、ホンダは凄い
欧米と東洋の家族関係の違い) 
日本、中国、インドなど東洋では家族は、親子関係が中心である。一方で、欧米では、夫婦関係が主体である。この結果、東洋では、一般にどうも子供に対して過保護な傾向がある。
一方、欧米は、子供は半人前であり、ベビーシッターに預けられ、レストランにも連れて行ってもらえないし、親から放置されることが多い。地中海クラブなど、フランス人が作った保養施設には、かならず保育所がついていて、保養地で朝子供を預けて、朝昼夜と全部面倒を見てもらい親たちはゆっくりと休むということをする。時には、子供達を預けたまま、隣国まで数日いってしまった親も居た。その子供は結構荒れていた。。
米国では、親は子供には財産を譲ることもあまりなく、寄付してしまうこともあるらしい。

こういった親子関係もあり、西洋の子供達は、少しでも早く一人前になろうと、背伸びをするようである。
一方、東洋では、親が子供の世話を焼きすぎるので、クリエイティビティは育ちにくいように思う。中国人やインド人の多い高校では、親が、宿題を出せ出せと先生にプレッシャーをかけるようである。その結果、最低レベルは非常に高く維持される。
基礎学力は高いと言うことである。
ところが、自主性はどうも育ちにくい。

日本で試してうまくいかなかった、ゆとり教育。これは実は、西洋並のクリエイティブな人材を育成しようとしたのではなかろうか。その結果、平均的な基礎学力が落ちた。
一方で、従来のように過保護にしたがる、親は、塾に子供を詰め込み、逆に受験戦争が激化したということかもしれない。

ゆとりを生むには、まず考え方から改めないとならないように思う。

米国での奨学金のとりかた)
このゴルフ奨学金の取り方が興味深い。プロのスカウトである。
  1. 大会に大学のスカウトがやってきて、成績を見ていく
  2. 能力のある高校生の親に対し、どれどれの試合実績をキープすれば、これだけの学費のうち、これだけを奨学金で補填すると提案する
  3. 各大学からオファーが来る
  4. 高校の成績(教科の平均点)であるGPA, 共通テストであるGRE,時には英語テストのTOFULの成績を提示して入学が決まる
  5. スポーツ入試なので、月水金と朝に筋トレ、水曜は一日ゴルフ、週末もゴルフ。と学業との両立は大変。
  6. 学力が授業についていけなければ、転校か退学していく。勉強が楽な別の大学へ中途転校ができるシステムがある
米国Stanford大学は、MIT, UCBなどに並ぶ理系と、そしてビジネス(MBA)の一流大学だが、フットボールが強く、オリンピック選手も沢山輩出している。ゴルフのTiger  WoodsもStanford大学に通い、中退している。Woodsの場合は裏があるらしい。アメリカの大学でもスポーツ入学があって、はなから、試合で名前を売ってプロから引き合いがくるまで在籍するつもりらしく、プロになった途端退学するようである。

米国こそ学歴社会)
平均成績GPAが悪いと大学には入学できない。UC(カリフォルニア州立大学)だと、どこでも、GPA 5点満点のうち3は必須だとか。これもあって、インド人、中国人たちは、勉強にがむしゃらになる。

優秀な学生が多い高校にいけばGPAは下がる。一方、不良の多い学校にいけば、一見GPAは良いが、良い友達は出来ないし、学力は上がらない。ちょうどいい選択をしようとする人もいる。白人たちの金持ちは、クリエイティビティが伸びる私学を好むようである。

米国の学生はちりぢりを好む?)
あと、日本人は同じエリアに大挙して進学する傾向があるが、この方の友人は、カリフォルニアには大学が沢山あるのに、皆別な地方へ進学しているらしい。Oregon, Texas, Utaなどとちりぢりになるらしい。また、私学も特権階級が通うような一般人には名前のしられていない大学があるらしい。日本でいうと、皇族が通う学習院大学といったところであろうか。学習院大学は誰でも知っているので少し違うが。。

緩みが必要)
日本の企業人の結構な数は、仕事ばかりして緩みが無い。呑みに行くとしても、会社でいつも顔を合わせている人間と呑む。話題も決まり切っている。遊びも工夫しないと、クリエイティビティは生まれない。

日本の駄目な企業のトップや官僚を牛耳っているのは、がむしゃらに勉強してきただけの、エセエリートなのではなかろうか。すくなくとも、会議に遅刻をしてきたりして他人の時間を浪費し、また、会議中に内職をしているような上司がクリエイティブだとは思えない。

内職をしないとならないようなつまらない会議なら、それを効率化するのが上司のつとめであるのを分かっていない時点で、クリエイティビティなど存在しない。


2011年11月14日月曜日

日本とアメリカ人のつきあい方の違い


アメリカ人は、会議でははっきりとものをいうが、間違っていたら直ぐにフォローをする。

どうも夫婦や恋人関係も同じであって、問題があれば直ぐにフォローするし、フォローがなければ、それは駄目=離別ということらしい。
一方、日本はこの辺をぼかす文化なので、いつの間にか夫婦関係が破綻していたが、一方は全く気づかなかったということが頻繁に起きるようである。

これはビジネスでも同じであり、不都合があれば直ぐにフォローしないと、アメリカの会社との関係は破綻すると考えたほうがよいであろう。

会議でもそうで、アメリカ人は基本的に脳天気でおおらかであり、日本人ほど几帳面で律儀ではないので、言質を取るなんてことはしない。一方で、「おもしろいね」「やろうやろう」とか、良い反応をしてあげないと、「それは駄目なんだね」と思われてしまう。日本流の「善処します」とか、「考えておきます」では、気持ちが通じないのである。

話を戻すと、米国の会社からフォローがないということは、すでに破綻しているということでもある。

日本人とメイルとかでやりとりして、よくあるのは、反論があるときには返信が来るが、賛同したときには返信がないことである。日本人なら、無返事=賛同で察しがつくが、欧米人には、フォローがないので、関係が切れたとしか思ってもらえないかもしれない。

アメリカ人も日本のやり方を理解する必要があるが、日本側も先方のやり方を理解しないと、コミュニケーションは成立しない。行き違いがあれば、お互いに損をするだけである。

ハリウッド映画やアメリカのTV番組を見てもこれは分かる。ストーリーが非常に単純でわかりやすい。複雑なことをやっても受けいれられないのであろう。

外人講師による異文化コミュニケーションとか、海外マネージメントとかいう教育があった。日本はhigh context文化、欧米はlow context文化。日本のようにcontext(文脈, 背景知識, あうんの呼吸) はないので、欧米では口に出して言う(もちろん、態度や目配り手の動きは日本以上に重要なメッセージを発するのだが...)がすべてなのである。

2011年10月15日土曜日

思考停止していませんか? 日本の美徳を失う舶来崇拝?

いろいろ調子が悪いときには、たくさん原因がある。それに気づかないのは思考停止しているからだと思う。最近不調な日本のIT業界には、どうもこういう原因があるように思う。また、業界とは関係無く、奇妙な舶来崇拝がはびこり、日本の美徳ばかりを失っているように思う。以下に記載したい。

個人情報保護法は機能していない)
最近、日本では、個人情報保護法で、情報セキュリティや個人情報がうるさく、どこも非常に神経質である。そのわりには、SPAM MailやBlogの荒らしが後を絶たない。個人情報保護法は機能しているのだろうか。。
また、この派生で、メイルの誤送信にはめっぽう神経質であり、撲滅しようとしているとも聞く。現状、少し残っているメイルの誤送信で、重要な個人情報が漏れたり、会社の機密情報が漏れたりしているのだろうか。撲滅には途方もなくコストがかかる。
米国では、このような反応は起きないと思う。

日米での思想の違い)
この背景には、根底に流れる思想の違いがあると思う。
  • 日本) 小さなことでも、放置すると大問題に発展する
  • 米国) 問題は、重大な問題が、おきてから解決すれば良い
日本のやり方が、ホテルなどの、とても良いサービスに結びつくこともある。逆に、1円までも合わせようとする銀行のように、顧客無視につながることもある。銀行員は、19時過ぎまで残業しているのに、窓口は15時で閉まる。店内には、せいぜい5人程度しか行員がいない米国の大手銀行の支店に比べると、5倍くらいになろうかと思うくらい、たくさん行員がいるのにである。お客の便利よりも、ご自分の都合が優先なのであろう。(とある日本の大手銀行の顧客無視に耐えかねて、以前怒鳴り込んで、応接室で、支店長に実態を伺った。その方にご迷惑がかからない程度に、この辺の実態を補充して、別途、記事を分割するかもしれない。。)

情報セキュリティで度量のない上司たち)
情報セキュリティ等の過剰反応を見ると、本来、親分となる人は、「多少の失敗があっても、おれが謝りにいくから、いいものを開発しろ。」というべきなのに、「おれが謝りに行かなくて済むように、最大限努力しろ」というようにしか聞こえない。幹部が、こう言ってしまったら、いい製品はもはや作れないと思う。
なにをやりたいのか、会社幹部が見えているのだろうか。。東芝機械のCOCOM事件で親会社の東芝の受けた被害で恐れをなして、いろいろな企業が貿易コンプライアンスに神経質になっているが、あれも、親会社の東芝は関係ないのに、とばっちりをちゃんと晴らして
していないのが問題だと思う。昔から特許侵害訴訟でも、日本企業は弱腰が目立ってる、いいものを開発した技術者が損ばかりしているように思う。

泣き寝入りは損)
日本では、「裁判をすると、時間がかかり、いらぬハラを探られ、余計なものが白日の下にさらされて、わだかまりだけがのこり、双方なんの利益にもならない」と言う人が結構居る。これが、和を重んじる日本的な感覚なのだろう。
が、つけられた因縁に対して、泣き寝入りをしていたら、国際化はおぼつかない。残念ながら、「守るのではなく攻める」のが、国際的なビジネスの標準になっているように思う。「守る」のをビジネススタンダードとして世界に広めたければ、そういう手を打つ必要があるが、全くそういう努力はされていないように思う。

米国的思想の弱さ)
米国の考え方は、不良品が店頭や通販の不良の多さにもつながると思う。ちなみに、米国のAmazon.comでは、5回に1回くらいは不良である。原因は、返品の原因を聞かないから。同じ会社のはずなのに、日本のAmazon.co.jpでは、基本不良返品は迅速かつ懇切丁寧に対応してくれる。当然再発しないように、不良の症状は説明しないとならない。が、これが、いきすぎて、何度説明してもなかなか交換に応じてくれないIT企業もあった。
また、本当の問題がおきたときには、大問題になっているので、先の911テロみたいに、今度は本当の過剰反応になってしまうという懸念もあろう。

米国の課題である過剰反応を輸入していないだろうか)
過剰反応は米国の特徴でもある。黒人や女性は知能が低いと公然と断言し、差別をしてきた。と思うと、一旦それがダメになると、人種や性別による能力差を口にすることが一切許されなくなる。科学的にですら議論するのが許されない。。

従来はこれは米国の特徴であったが、どうも最近は、この悪いところが日本にも輸入されているように思う。

先の情報管理も、それ以前、全く野放しにしているものを指摘されて、過剰反応に陥るということになっている。企業内でのソフトウェアの違法コピーの横行や顧客情報の粗雑な扱いから、過剰反応に陥っている。本来、中庸をいくのが日本の美徳だったはずなのだが。。。一旦締め付け始めると、もはやそれが弊害をもたらそうが、再考はされない。ここに米国の悪いところと日本の悪いところが組み合わさっているので、どうしようもない。

日本の美徳ばかりを失う舶来志向)
日本は、米国の悪いところばかりをマネしているように思う。悪貨は良貨を駆逐するなのか。。
悪いところはマネしやすいのか。。本当は、マネしにくいところこそ、マネしなきゃいけないのかもしれない。。

たとえば、老人や女性や障害者など弱者に優しいマナーは輸入されずに、地べたに座り混んだり、行儀の悪いところが若者に輸入されている。

個人主義なのか団体行動ができなくなる一方で、人材育成につながる自己責任の文化は、一向に日本には定着しない。お上や上司による過保護は強まる一方である。いったい、どこを見ているのだろうか。そして責任を人になすりつけるばかり。会社の経営陣は社員の能力のなさを嘆き、社員は経営の失敗を嘆く。日本政府は米国政府の問題を嘆く。。メディアは、規制を嘆き。規制する側はメディアの無責任を嘆く。
皆が自分のできることをやれば問題は簡単に解決するのに、人に原因をおしつけ自分が出来る解決策を探そうともしない。。。

プライバシーや個人の権利の考え方も、正しくは輸入されていないように思う。

いい加減なことをいうのも最近の日本の特徴のように思う。メディアも含めて。
そもそも日本人は思慮深くて、いい加減なことはあまりいわなかったと思う。米国人は、思いつきで適当なことを言う。役所でも、大企業の顧客対応の窓口でも、銀行でもそう。(裁量といえば、かっこいいが。。)
最近の日本も、この、いい加減発言が増えているように思う。webとかでも、全然調べずに書いているものが、かなりある。明らかに論理破綻していても、全く気づかない。
大手メディアの報道も明らかな誤報が多い。特に科学や技術に関するものは、意味不明としか思えない記事が結構ある。情報の出元に確認をしないのである。先般の「ニュートリノが光より速い」というのも、元の発表から、かなりゆがめられて報道されており、懸念する研究者もいる(以下)。

科学と報道の間で (ニュートリノの速度と光の速度):http://nojirimiho.exblog.jp/14626467/

そういう一方で、本当の意味での個人の裁量は、規則ばかり増えて逆に制限される方向にある。

奇妙な舶来崇拝もそうだが、先入観を捨てて、よくよく考えることが重要であろう。そうしないと、追い上げてくる新興国にも抜かれて、日本は3等国になる。
円が強いなどと安心している場合ではない、半導体産業を失ったように、ボディブローは後から効いてくるのである。

続きは、
2011年10月16日日曜日:欧米と日本の文化の違い へ。